桑原聡建築研究所

Satoshi Kuwahara Architectural Studio

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2011年2月のアーカイブ

Column

2011年2月 [ 15 entry ]

僕の料理

今日は東京マラソン。
あまり関係ないけど田町の海側に住んでいる僕としては「向こう」へ行きにくい気がする日なのだ。
だからという訳ではないが、朝からほとんど一日中パソコンの前に座って調べモノをしている。

本当はマラソンが国道を通過する前に娘二人を連れてお出かけ、つまりシングルファーザーの日、の予定だったが、下の娘が熱をだして元気が無いので家で過ごすことにした。

そこで、朝ご飯にと僕が作った「ふっくらもちもちパンケーキ」
これは市販のホットケーキミックスにバナナを細かく切って混ぜるだけ。
簡単手軽で美味しいと家族からは評判なのだ。

実は僕の料理、めちゃくちゃ「テキトー」
料理しながら、そこらにあるもの、冷蔵庫の中に眠っているものを見つけては合いそうなものを放り込んでみる。
今日も、黒く痛み、そのままだとおそらくゴミ箱行きのバナナを使ったのだ。
学生時代に自炊生活で培った「もったいない精神」が根底にある。
そんな風にして出来上がったメニューは数多い。

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軍艦マンション

[GUNKAN crossing] というイベントを開催中の新宿の「第3スカイビル(鉄のマンション)、通称 軍艦マンション」へ久しぶりに行って来た。
ここを見に行ったのは学生時代だから25年以上前になる。
竣工は1970年。
設計は渡邊洋治。
かつて早稲田の吉阪研究室の助手を務めた人だ。

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屋上はまさに船上の風景だ。
渡邊洋治は戦争中、陸軍船舶兵として徴兵され、その後日本海船舶隊司令部に勤務したという。
この風景はさらに、Le Corbusier の Couvent de la Tourette(ラ・トゥーレット修道院)へのリスペクトをも漂わせる。

住戸はユニット化されており、区画割りが可変であるように作られている。
この建物もまた、その後の黒川紀章設計の中銀カプセルタワービル(1972年)に続く時代の流れの中にあったはずだ。
残念ながら当初のユニット化された住戸は残っていない。
今風にリノベーションされ、若いクリエーターたちがSOHOやシェアオフィスとして使えるようにアレンジされている。

寡作な建築家であった渡邊洋治の軍艦マンション。
それでも私にとっては四半世紀前の衝撃的な記憶は鮮明そのものだ。
そんな建築を作ることができるか?自問自答である。

箱根ドライブ日和

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朝から箱根へ。
白い富士山をくっきり正面に望みながら車を走らせる。
出張とはいえ絶好のドライブ日和だった。

計画地は国立公園内なので、協議は国、県、町の3者各々と行わなければならない。
今回は概算コスト高を解決するために規模を縮小して大幅にプラン変更したのでそのための初回打合せとなる。

ここのところ新幹線での移動が多かったので事務所の車はすっかり埃を被って忘れられていた。
しかし、今年は車でしか行けない現場や学校など、ドライブの機会が増えそうだ。

ところで、僕はマニュアルトランスミッション派だ。
どうもオートマティック車は性にあわない。
だから妻の車も当然マニュアル車になる。
道路のコンディションによっては普段妻が使っている4輪駆動車に乗り換える必要があるからだ。

今日も朝から6時間に及びステアリングを握り続けたので疲労も最高潮。

娘たちのおかげ、、、

僕の長女は今度11歳になる。意識の中ではついこの前までこんなにちっちゃかったのに、、、と思うのだが、もう立派な女子である。
対して次女はまだ2歳になったばかり。
しかし、歳の差もそうだが、この二人、面白いくらい性格が異なっている。
振り返って見ると長女の時は最初の子供なのでかなり温室で育てた、気がする。
それに反して次女の場合はかなり自由だ。
泣こうがわめこうが何をしていてもあまり気にしない。
自分自身が相当おおらかになった、というのも一つの理由。

そんな風に思い返してみると、スタッフとの接し方も最近すこし変わって来た。
親や教師からあまり叱られることなく育ったちかごろの若者たちは総じてとても壊れやすい。
以前はそのギャップに戸惑いを感じたものだが、最近、それはそれでありなのだ、と思えるようになった。
壊れる前にどんどん好きなことをやらせたら良い。
しかし、やる以上は中途半端ではなく「とことん」やらせたらいい。

この4月から母校の2年生を教えることになる。
ともかく全ての子供達に「逞しく」育って欲しいと願う。
そんなふうに思えるようになったのは娘たちのおかげ、と彼女たちに感謝し、そして期待しているのだ。

ところで昨日「museum as it is」でみかけた捨て犬。
人恋しさにすり寄ってくる、けなげな女の子だ。
彼女が壊れる前に誰か引き取り手が現れることを願う。
どなたか是非よろしくお願いします。

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「museum as it is」と「ホキ美術館」

今日は理科大OBのメンバーで千葉方面への建築見学に行って来た。
見学先は中村好文さん設計の「museum as it is」と、日建設計の山梨チームが設計した「ホキ美術館」の2つ。

これがあらゆる部分で好対照の建築でとても色濃い見学会となった。
どちらかというと、「museum as it is」は右脳を刺激する建築、「ホキ美術館」は左脳を刺激する建築。

中村好文さんは「小ささ」とか、「おおらかさ」とか、「素朴さ」とか、「懐かしさ」
など、身体的にとてもわかりやすい表現で建築を解体する。
一方、日建設計は建築を理詰めで解き技術で構築する。
そんな2つの建築は決して交わることはないが、そうした2つを体験し、掛け合わせ、自由に駆使出来たら新たな建築が生まれるに違いない。

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快晴の軽井沢

朝の東京は大雨。
新幹線に乗って軽井沢の現場へ。
晴れ男の僕も今日は雨かなと半ば諦めていた。
しかし、眩いばかりの太陽の日差しを浴びて軽井沢到着。
雪煙を上げる浅間山もくっきり。

20110218.jpg構造設計者とともに雪の中で配筋検査(鉄筋のチェック)をした。
日差しが強いので寒さはそれほどではない。
むしろあたたかいくらいだ。
しかし夜になれば凍りつく寒さだ。
この時期のコンクリートは雪が積もらない様にシートで覆い、溶けた雪が凍りつかないようにヒーターを入れて暖めながら打設する。
また、凍りついていた土が日中の暖かさで鉄筋や型枠のなかにボロボロと崩れ落ちてくる。
そんな土を掻き出すことも忘れてはならない。

せっかくなので軽井沢での仕事がはじめてという構造設計担当と一緒に別荘地内の建物を見て回る。
僕は経年の痛み具合を中心に見て回る。
そんなふうに見て回ることで新たな発見がある。

久しぶりの下北沢

マンションの現場での打合せが長引いてまたしても昼食抜きだ。
午後は学校の後輩である森清敏君と川村奈津子さんの設計した小住宅「ポールハウス」を見せてもらった。
場所は下北沢。
この駅に降り立ったのは久しぶり。
渋谷から近いのに滅多に来る場所ではない。
彼らの住宅はいろいろとややこしいことをやっている割に見ていて危なっかしいところがないのがいい。
さらに、来月メキシコ行きを計画している僕としては昨年メキシコへ行ってきた二人からメキシコ情報を仕入れた。

20110216.jpg彼らに礼をいい、遅いランチを取ろうと鼻を利かせて店を探す。
駅に近いビルの上、ウォーホルのキャンベル・スープ缶がプリントされた怪しい入口をくぐり抜けた先に見つけたカフェでお昼ご飯。
嫌いなキューリが入っていないか確認する僕に、僕らもキューリ嫌いだから使わないんだよ!と答える二人のスタッフ。
FREE FACTORY」というそのお店が好きになった。

現場でおおいに悩む

建築をつくっていて一番悩むのが現場に入ってから。
設計しているときは結構その気になって前へとすすむから案外と時間に追われて焦ることはあっても修正がきくので悩みは少ない。
しかし、現場となるとこれはもうあと戻りできないからものすごく悩む。
現場は割り切って進むだけ、という人もあるかとおもうが、僕にはそれができない。
一生ものの住宅の現場、できることなら3年くらいかけてのんびりつくりたいのだ。
しかし、施主は設計ができてしまえば一刻も早く実物が欲しい。
工務店だって早く仕上げないと経費がかさむ。
もちろん僕だってそうだ。
だからなおさら悩む。

メキシコの建築家「Luis Barragan」は住宅の現場に3年かけてつくっては壊しまたつくる、を繰り返したという。
完成してからも気に入らないところをつくり直したり修正したりしたようだ。
裕福な家庭に育ったBarraganは事業家としても成功していたからそれができたのだとおもうけど、それほど建築家というのはある意味、優柔不断なのだ。

つまり自分の信念はあるが、その上で自分以外の様々な目線でモノを考えることができてしまうからどうしても迷う。

今日も朝から夕方までお昼ご飯抜きで現場にいた。
事務所に帰るとすぐに気に入らない部分の修正検討作業にとりかかった。
こうして少しずつ現場と同調させながら完成に向かう。

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