桑原聡建築研究所

Satoshi Kuwahara Architectural Studio

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2011年4月のアーカイブ

Column

2011年4月 [ 21 entry ]

東中野の住宅−2 一期工事完成引渡し

東中野の住宅が竣工した。
特注の家具も納品一気に住宅としての完成度が高まった。
すぐに引っ越しする訳でもないので現場では様々なチェックを行う。
設計者は頭の中で住まい手になってみることも重要だが、完成した際に全ての機器を自分で操作してみて使い勝手や不具合を検証し見つけ出せる直感力を身につけることが重要だ。
現場に任せっきりにしていると時々あっと驚くような不具合が出かねないからだ。
若い担当者は何かと現場を信じて任せてしまいがちなのだが、現場は設計者である君の指示を待っているのだ。
というようなことをいつも口やかましく担当者に言い聞かせるのだが、なかなか今日明日に上手く行くものでもない。

今後、引き続き母屋の改装改修工事を行うので工事はまだまだ続く。

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軽井沢の春

今日の軽井沢は東京と変わらない陽気だった。
現場へ向かう道の傍らでは山桜が満開。
コブシの花もあちらコチラで咲いている。
小鳥も楽しそうに歌っている。

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そんな春の日差しを浴びて現場ではコンクリートの養生中。
特に片持ちの出の深いバルコニー部分は充分な強度が出るまでつっかえ棒を外すことはできない。
また、奇麗な表情が出た杉型枠コンクリートの部分は次のコンクリート打ちで汚さないようにビニールで覆う。

5月の上棟へ向けた木工事の打合せが山場を迎えた。

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東中野の住宅2竣工検査

20110426.jpegこの住宅は97年に竣工した住宅の隣に新たに新築する別邸だ。
震災の影響を少しだけ受けつつも何とか今月末に完成することになった。
役所の検査は昨日既に受けており、指摘事項も無く検査済みも問題なくおりる。
中庭に植栽が施された現場は今までとはがらっと様相が変わり、急に活き活きする。
特に天気が良かった今日は、東京にいながら清々しい高原に居るような気分だった。
日常から少し距離を取った非日常が扉の向こうとコチラで隣り合わせにある。
そもそもそこが狙いの別邸だ。

施主からも感謝のことばを頂いたが、それでも最後のフィニッシュに向けた手直しの検討事項は数多い。
設計検査で担当スタッフと施工担当者に対していくつかの大きな課題を課した。

私はその後、月末に納品する制作家具のパーツの検品のため、埼玉のヒノキ工芸の工場へと向かった。

研究会

20110423.jpeg今夜は大学の研究室OBで集まりスライドのレクチャー&飲み会ということで夜は外出する予定。
だから、というわけではないが、朝の食事は僕が作る。
今日のメニューはふっくらもちもちバナナパンケーキ。
これはパスタと同じくらい家族から支持されているメニューなのだ。

そういう訳で夜は終電に近い時間まで教授宅と近くのレストランで建築談議。
今夜のメニューはポルトガルの建築家「アルヴァロ・シザ」
ポルトガル好きな僕としては目の離せない建築家だ。

二次会での話題は当然ながら、復興について。
まだ具体的なガイドラインの提示は先になるだろうが既に提案の準備は急ピッチで進められている。

軽井沢A邸取材

今日は軽井沢で建設中の別荘T邸の現場定例に合わせてA邸の取材の立ち会いも行った。

今回の取材はやや変わっていて、家電製品の広告のための撮影なのだ。
だからモデルさんがやって来ていて豪華な撮影だ。
建築に美しいモデルさんが入ると本当にこれまた別世界になることを知った。

そういえば、
美しいモデルがドレスを着てポーズをとっている建築写真家「ジュリアス・シュールマン」が撮影したケーススタディハウスの優雅な建築写真は特に有名だ。

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授業の日

20110421.jpgこの4月から母校の東京理科大学理工学部建築学科の2年生の製図の授業を受け持つことになったため、毎週木曜日は懐かしい研究室で過ごすことになった。
授業が終わって研究室で雑談していると学生たちがやって来ていつの間にかテーブルにビールが並び様々な話題で盛り上がることになる。

今日は三陸の被災地の調査から帰って来たばかりの研究生が撮影して来た写真をみる機会があった。

津波で壊滅した小学校の教室に「3月11日 金曜日 お別れ会」と書かれた黒板があった。
6時20分を差したまま動かなくなった時計も生々しい。
この小学校は大船渡市立越喜来小学校といい、あとになって全員無事避難したことを知った。
女川ではRC造の建物が軒並み横転していた。
中には杭ごと破断して横転しているRC造の建物もある。
改めて底知れない破壊力だったことを知り、人間の無力さを思い知らされた。

「倉俣史朗とエットレ・ソットサス」展

クライアントとセラトレーディングのショールームで打合せをした帰りに、東京ミッドタウンの21_21 DESIGN SIGHTで「倉俣史朗とエットレ・ソットサス」展を見てきた。

会場で上映されている「浮遊へのあこがれ MISS BLANCHE ET L' APESANTEUR」と題された29分のビデオが興味深い。
その中で倉俣史朗は少年時代に疎開先で見た、ラジオ電波妨害のためにB-29が散布したスズ箔が「ヒラヒラ」と降り注ぐ様子や、焼夷弾が火の糸を引いて「ゆっくりと降ってくる重力を失った光景」を「美しい」と感じ、その後の悲惨な光景よりも強く心に刻み込まれたと回想している。
そうした強烈すぎる記憶がその後のクリエイティブに大きく影響しているのだ。

今回の東日本大震災に見る強烈なカタストロフィーのイメージと重なる。

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葦簀

20110418.jpg今月完成する住宅で製作するテレビボードの扉の鏡板に葦を使おうと決めて赤坂の簾屋さんに出かけた。
赤坂見附から歩いてすぐの鈴松商店。
自動と手動の年季の入った織機が2台。
扉の納まりなど打ち合わせをして寸法を決定した。
お願いして織機を動かして頂く。
こうして制作風景を見ていると様々なものを織ってみたくなってしまう。

節電を心がけたい今年の夏、きっと簾の需要は増えるだろう。
葦簀と風鈴と打ち水で涼気を感じる、そんな日本の夏が訪れるのだろう。

きっと忙しくなりますよ〜と話すと、そうだといいんですけどね〜と控えめだ。
そんな鈴松商店のファンになった。

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