桑原聡建築研究所

Satoshi Kuwahara Architectural Studio

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2012年1月のアーカイブ

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2012年1月 [ 21 entry ]

高崎建築巡り その2

20120129.jpegこの音楽堂、現在、建替えか保存かでモメている。
確かに今日、ホワイエの小ささやトイレの少なさ、空調の吹き出し音、気流の大きさ、天井高さが低いことからホール全体が鳴らない音響の悪さなど、計画的、技術的問題点はたくさんあるのは実感した。
群馬県が誇る交響楽団であるのに地元のホールで金管楽器が思うように鳴らせないというのではあまりにもかわいそうでもある。
しかし、この日、ほぼ満席。
恐らく僕らのように東京から来た人は少ないだろう。
それでも地元に支えられてこのホールは未だに満員御礼、健在なのだ。
2000人収容というキャパシティーも充分、と思われるので、この折板構造フレームありきの他に例を見ないリノベーションの実現を願う。

100分間、休憩無しという過酷で壮大な今日の演奏会。
激しい音のぶつかり合いの後に訪れる、美しい第6楽章の余韻に浸り東京に戻ってきた。

20120129-2.jpg

高崎建築巡り その1

アントニンレーモンドが設計して昭和36年に竣工した群馬音楽センター。
今日の演奏会は、群馬交響楽団の定期演奏会でマーラーの交響曲 第3番 ニ短調。
また、東京の麻布笄町にあったアントニン・レーモンド自邸の写しである井上房一郎邸にもいきたかった。
そんなわけで言い出しっぺの僕がアレンジして理科大の教員4名で高崎まで日帰りで行ってきた。

貧乏性かつ早起きな僕としては徹夜明けのT氏まで巻き込み早朝の新幹線で高崎入り。
まずは少林寺のブルーノ・タウトの住まい、洗心亭へ。
その後、磯崎アトリエ、群馬県立近代美術館。
ここは学生の時に行ったので30年ぶりの見学。

午後からいよいよアントニン・レーモンド。
時間はたっぷりあるので井上房一郎邸をじっくり見学。
この住宅、笄町のアントニン・レーモンド自邸が1951年竣工で、その僅か一年後、多少の変更をしながら写し取られて竣工している。

日本家屋の6尺では頭がつっかえる大柄なレーモンドは建具のモジュールとして6尺5寸を使っている。ベタ基礎で地盤面から僅か200ミリで床高が設定されていることから外部との連続感を保ちつつ風景を切り取るためのギリギリで絶妙な寸法と感じた。
足場丸太を掘っ立て柱の様に独立させて建てるための金物を工夫しているところや3寸5分の足場丸太だけで梁間3間を飛ばす工夫はディテールとしては粗いけれどもこれが短工期で完成させるための仕組みであったことを考えれば理にかなっている。

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繊維関係の企業に従事するブラジル人が多い土地だ。
赤城おろしの寒風に凍えて飛び込んだブラジル料理屋でチーズのパステルとポン・デ・ケイジョ、そしてシュラスコで腹ごしらえののち、いよいよ音楽堂へ。

ランチのお気に入り

Au Pied de Fouetというレストランがパリの7区にある。
この店の決まった席に Le Corbusier は毎日通っていたという。
ニューヨークのシーグラムビルの1階、The Four Seasons には Philip Johnson が。
そして僕も渋谷の事務所にいる時にはいつもお世話になるお店がある。
このお店には小さな子供を連れたお客さんも多いのでついつい微笑んでしまう。
時間に余裕がある時はいつも一人、PCやiPadを持ちこんで長い時間過ごすのだ。
一度気に入るとかたくなに守り通すのが建築家の性?

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東京ジャーミイ

20120126.JPG上原のモスクがずっと気になっていた。
滅多に乗ることがない小田急線から見るたびにいつもいってみようと思っていたのだが、今日、代々木上原の現場打合せののちにやっと訪れることが出来た。
この建物は、2000年にオスマントルコ様式によって新築されたもの。
もともとは1917年のロシア革命によって1920年代にロシア、カザン州から日本に避難してきたトルコ人たちによって1938年に建設され、その後、老朽化に伴い建て直されたという。
ここではトルコ職人がつくった、大理石、螺鈿、木、硝子、タイル、あらゆる素材の象嵌や手の込んだ幾何学的モチーフの装飾を見ることができる。
未体験ゾーンに関心のある方、お勧めです。
一定のマナーを守れば誰でも見学可能だ。

せっせと飲んだ36リットル

20120125.jpgここにならべてあるのはディスプレイ用に用意した750mlボトル48本。
中身はすべて我が家のテーブルウォーターとして消費した。
だからディスプレイとしての原価はタダ。
ガラス瓶としてリサイクルされる前にもう一度役目を負ってもらうのだ。
他にシャンプーのボトルやパヒュームボトルもある。
これらも外資系高級ホテルなどで使われているのと同じブランドのもの。
せっかくなので自分の好みのものを購入して中身は消費する。
そんな風に自分の生活をちょっと美化してそのままディスプレイに使ってしまう。
これが僕流。
嘘っぽいディスプレイにならないように自分なりに楽しみながら工夫している。

Found MUJI

20120124.jpeg今日は上原の現場から南青山のe'interiorsで商品チェック、そして、AVEDAでルームフレグランスを物色したのち、いつもそうするように渋谷までお店を見ながら歩いて帰った。
その途中、青山無印良品が「Found MUJI 青山」としてリニュアルされていたので吸込まれた。
ブランドとしての無印良品ではなく、世界中に既に定着しているシンプルで安価な定番商品を見つけ出し、選び出し、買い付けて店頭に並べる、という面白い企画だ。
それらの商品は展示と販売の中間といった感じでディスプレーされている。
田中一光さんの言葉で最初の言葉が語られていた。

色々聴きたいことがあったので、売り場にいた店員に、「もとは田中一光さんのディレクションで始まったプロジェクトなんですか?」と、僕。
「田中一光さんはもうなくなってますから関係ありません」、、、とプイッと無愛想に向こうへ行ってしまう店員。
何のこっちゃ。。。別にそんなこと聴きたいんじゃないんだけどなあ。
うちのスタッフがこんな対応しているのを見たらボコボコにするところだ。

あとで、このプロジェクトについて調べてみたところ、深澤直人さんが「 新しくものを作るのではなく、世界中で使い続けられているいいものをMUJIというフィルターを通して「探し出す」というプロジェクトです。」と語り、実際に良品計画デザイン室とともに市場を回り収集したものなのだ、ということを知った。

定期検診

今日は10数年のおつきあいになるクライアントご夫妻と打合せ。
ご自宅のマンションは2年に一度くらいのピッチで少しずつ手を入れているので今回の工事で恐らく6度目くらいの工事になるのかもしれない。
お子さんは3人いらっしゃるが、ご長男の身長はもうとっくにご主人を超えたという。
そんな風に家族の変化を感じながら今とこの先の最適解を探す。
何にしても嬉しいのが今の住まいに全く不満がないということ。
痛んだ部分の改修や、家族の変化に伴う更なる改良が毎回のテーマになる。
それでも自分なりに本当はこうした方がいいんじゃないかと思えることは大胆に提案する。
2年に一度の定期検診とも云うべきものなのだ。

心配された雪も僕の住むエリアでは夜半になって雨にかわったようだ。
子供達ははしゃいでいたので、明日の朝、雪景色になりそうもないのがちょっと残念。

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iittala

20120122.jpegイッタラ iittalaは、カイ・フランク(1911−1989)やアルヴァ・アアルト(1898−1976)がデザイナーとして腕を振るったフィンランドの硝子メーカーだ。
よく行く銀座のクレープリーからの帰り道、泰明小学校の向かいに路面店が出現しているのを見つけてふらっと寄り道した。
しかし、このお店、三年以上前からここにあったそうだ。
こういうときは手ぶらでお店を出ることはない。
ちょうどセールの最中で、きれいなガラスの器を2点、安くゲットした。

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