桑原聡建築研究所

Satoshi Kuwahara Architectural Studio

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2015年9月のアーカイブ

Column

2015年9月 [ 8 entry ]

「アマン東京」

「アマン東京」は「アマン」ブランドの27軒目のホテルである。
また、今回、アマンとしては都市型ホテルへの初参入となる。
それでもドレスコードはスマートカジュアル。
短パンTシャツでもかっこ良ければそれで良し。
大都会のど真ん中にあって非日常感、リゾート感満載のホテルというわけだ。

設計はお約束通り、オーストラリア人建築家、ケリー・ヒルが手がけている。
このホテル、2014年に開業した高層複合ビル「大手町タワー」の33階から38階部分に位置する。
足元に広がる「大手町の森」と呼ばれる緑豊かな環境が売りのビルだ。
33階のエントランスホールへは足元の「大手町の森」に包まれた「ザ・カフェ by アマン」の脇から入ったレセプションカウンターを経由して専用エレベーターで上がる。
するとそこには上部4層にわたって和紙に覆われた壮大なスケールの6層吹き抜けの空間が現れる。
これがレセプションホールであり、待合せ・チェックイン・会計・休息・語らい、のすべてがここで行なわれる。
その広大さには誰もが驚くだろう。
さらに琴の生演奏が行なわれ、和のイメージを引き立てている。

僕はかつて、インドネシア バリ島と、タイ プーケット島のアマンリゾーツを訪れたことがある。
施設はちらかと言うとシンプルで合理的、そして簡素な作りで統制されていた。
しかし、その一方で大型ホテルにはない人的サービスについては徹底していて、必要と思うとどこからともなく瞬時に日焼けした笑顔で現れる、白い短パンポロシェツ姿のスタッフたちが清潔感満載でとても気持ちのよいホテルだった。
そんなスタッフに近所の穴場を聞くと、瞬時に四輪駆動の車が用意され、冷たいおしぼりや飲み物と簡単なつまみを積んでちょっとしたピクニックへ連れて行ってくれたりもした。
コテージのピクチャーウィンドーから見える棚田で働く農夫たちの姿もそこになくてはならない伝統的風景の一つとして計画されていると聞いたことがある。
そんなアマンリゾーツだから開業当初から日本の「リョカン」を意識していたことは言うまでもない。
だから、日本上陸は「アマンリゾーツ」にとっては大きな挑戦だったと言えよう。

全84室の客室数は顔の見えるサービスを提供する規模としては上限規模かもしれない。
71m2の広さを誇るスタンダードルームや、ゆったり肩までお湯に浸かれる日本式の「お風呂」など、彼らの提案が旅館とは異なる切り口でどのように受け入れられるかなど、これからが楽しみなホテルだ。

20150920-2.jpgところで、今日、僕はここのレストランで食事をしてきた。
9メートルの天井高のレストランスペースは僕も度々使用する灰褐色の溶岩石に覆われ、客席間のスペースも非常にゆったりとられており、食事だけでも充分リゾート感が味わえる。
また、食後のひとときを和紙に覆われた吹き抜けのレセプション空間で過ごすも良し、ライブラリーでゆったり本の頁をめくりながら過ごすのも良いだろう。
アマンリゾーツが限られた人数のゲストのために豊かな過ごし方ができる場を提案していることがよくわかる。

ところで、すでに日本第二弾となるアマンが三重県志摩市合歓の郷(ねむのさと)にオープンする。
昨年10月に既に基礎工事に着手しており、来年の開業を目指しているという。
こちらも楽しみだ。

出張の楽しみ

月に二度の岩手出張。
朝6時過ぎに家を出て夜9時に帰宅する。
なかなかハードな日帰り出張だが、現場が着々と出来上がっていく様子を見る楽しみに加えてもうひとつ楽しみにしていることがある。

20150919.jpgそれは地元ならではの食材と出会うことだ。
現場の近くの売店に立ち寄ることもあれば、時間がないときは盛岡駅の新幹線改札口の前に出る売店で適当に手に入れる。
これらの売店は行く時々で売り物が全く違う。
いつも同じものを売っているスーパーに慣れてしまっている僕たちにとってはとても新鮮で季節感満載なのだ。

二週間前はトウモロコシを買った。
ほかにはぶどうがたくさん並んでいたけれど、それ以外目立った売り物はなかった。

しかし、昨日は様子が全く違って、あふれるほどのキノコが山盛りに並んでいた。
もちろん岩手県産の天然物ばかり。
松茸、香たけ、ぼりたけ、本しめじ、ほおきたけ、それに、きのこじゃないけど、みずのこぶ。
今年は茸の収穫が早いらしい。

値段が手頃で、かつ、東京では手に入れられない珍しいものばかりを選び、レジ袋一杯買い込んで新幹線に飛び乗った。

キッチン機器の不思議

今日も先日工事が始まったばかりの別件でクライアントと共にショールームをいくつか見てまわった。
その中で、普段何気なく選んでいたキッチン機器の確認をしたのだが、実はとてもおかしなことに気がついた。

あるメーカーの最上位機種。予算取りもあるのでふだんからあまり気にせず選んでいた機種だった。表面のデザインも好感の持てるものだった。
試しにスイッチ類の操作を体験してみることに、、、

まず、スイッチを軽く押し込む動作をすると、いやあ、これはスムーズ!簡単に点火した。
しかし、ショールームスタッフの説明によると、これは誤動作を防ぐために、調理器具がごとくに乗っていないと点火しない設定になっております。。
はぁ?え、じゃあ煽りはできないの?
その場合はセーフティ機能を解除してお使い頂けます。。
えぇ?いちいち解除しなければならないの?
確かに子供が指先でちょこっとボタンを押したら簡単に点火するだろうな。

20150916.JPGそれに比べたら僕が使っている30年もののコンロはとってもよくできている。
押しながら、ひねって、
チッ・チッ・チッ・チッ、チ、チ、チ、ボン!
何と言ったって、なかなか火がつかないんだもの。

さて、気を取り直して今度は魚焼きグリル。
このグリルは魚を焼いた煙をもう一度燃焼させて焼き切って排気するので嫌な匂いが出にくくなっております。
あぁ、それはとってもいいね!今回はオープンなキッチンだからね。
さて、試しに点火。
♪では、魚を焼きます。♪
えっ、いまコンロが喋った?そんな馬鹿な?
もう一度スイッチを押すと、今度は、
♪チキングリルを作ります。♪
えっ?また喋った。勝手に決めるなよ、うるさいよ!
しゃべらなくするモードもあります。と、横から説明が。。

極め付けはコンロにスマホをかざすとバーコードを読み取ってレシピが現れます。その通りに従っていただければどなたでも簡単にお料理をお作り頂けます。。。

うーん。
絶句。

あのぉ、ゴトクだけの一番シンプルで形の綺麗なものありますか?
当ショールームではそうしたものは展示しておりません。。。

そ、そうですか、では、ご案内頂きありがとうございました。
ショールームを出るとき、振り返ると、呆れ顔のショールームスタッフが僕たちを見送っていた。

代官山プロジェクト

代官山で一案件、仕事をしている。
オーナー住居と店舗および事務所の複合ビルだ。
場所も良いし、規模も4階建てと程よいスケールだ。
ただし、残念なことに基本計画と基本設計の半ばまでは僕が行うけれども、基本設計の後半戦と実施設計は設計施工の事業者が行なう。
まあ、ここまでは時々ある話だけれども、今回は基本設計を出したらその後、僕は設計施工の事業者と直接話をすることは禁じられている。
僕が直接意見をすることでプロジェクトの進行上ややこしくなることを少しでもさけたいという思惑があるからだろう。
なので、今後、竣工までの約2年間、僕はクライアントから相談を受けたらその答えをクライアントが事業者にわかりやすく論理的に説明できるようにしむけてさしあげなくてはいけない。
つまり、クライアントが建築のプロとはいわなくてもセミプロ級のクライアントになるように実際の現場の動きよりも一歩先に導いて差し上げることが求められている訳だ。
だから報酬もまとまった設計料という形ではなくコンサル料という科目で毎月頂くことになる。

という訳で今日はクライアントご夫婦を一日かけて部材のショールームにお連れして、現在基本設計に含めてある様々な建材の知識をインプットしていただくことにした。
クライアントが自分なりのぶれないイメージを素材や部材に対して持ってもらうことが必要だからだ。
学生に教えているときもそうだったけれど、僕は僕でこうしてショールームを観て歩くことがまた新しい発見につながるので、そうした役割をも楽しませてもらってもいる。
さらにもう一つ重要なのは、一緒に回る道すがら、コミュニケーションしながら、クライアントの空間認識やライフスタイル、こだわりといった内部にあってなかなか外からは伺い知れない身体感覚を理解することである。

20150911.jpgところで今日は、ご案内した水回りの専門ショールームでスペックしていたバスタブに入っていただいた瞬間、クライアントさんがふと浮かべた表情を読み取り、急遽、次の行き先を変更して、大型浴槽の専門メーカーのショールームへと向かうことにした。
よく話を伺うと一日2時間以上は入浴をするという水回りのヘビーユーザー。
だから、水回りに求める期待感は想像を超えて大きい。
今のような初期の段階で気がつかないと後では取り返しのつかないことになる。
きっと楽しい水回りが出来上がるでしょう。

熱海 日向邸

熱海駅から目と鼻の先にドイツ人建築家、ブルーノ・タウト(1880−1938)がインテリアの設計を行った日向邸がある。
日本に現存する唯一のブルーノ・タウト作品である。
学生の頃、スライドで見たことがあり、階段の踊り場のような不思議な非日常空間と、そこから太平洋へと一気に繋がるランドスケープが印象に残っていて、いつか観にいきたいなと思いながら時間の経過とともに忘れかけていた。
時は流れ、オーナーが変わり、最終的に熱海市の所有となって、2005年から一般公開されている。

20150914.JPG日向邸は、アジア貿易の実業家、日向利兵衛の別荘の離れとして1936年に竣工した。
木造2階建ての母屋の設計は、旧服部時計店(現在の銀座和光)などで知られる建築家、渡辺仁(1887−1973)。
太平洋を見下ろす崖上の母屋の庭園自体が土留め擁壁を兼ねた鉄筋コンクリート造の人口地盤として造られており、その基礎部分にある細長い空間をタウトは施主の注文一切なしで自由に設計を行った。
制約としてあるのは敷地目一杯に築造されたために屏風状に折れ曲がった基礎躯体の形態と、崖に沿って階段状に配置された基礎底版である。
タウトはこれらをかなり純粋な手掛かりとして大胆なプランニングを施している。
渡辺仁による木造二階建て第一期、清水組(清水建設)によるコンクリート製人工地盤の第二期、タウトによる第三期と工事は分かれていたようだが、ほぼ同時期に連続して工事が行なわれている様子からすると、渡辺仁としては内心穏やかではなかったのではないだろうか。

さて、タウトの地下空間に降りる。
母屋の玄関から続く明るい降り口から階段を降りてくると中間で頭上に迫る下がり壁があり、ここで誰もがお辞儀をするような格好になる。
そこで頭を上げて視線を正面に戻すと火灯窓(かとうまど)を透かして初島と太平洋の水平線が一気に目に飛び込む。
ここから左に回り込み、僅か4段の廻り階段で視線の方向を時計回りに右に変えると、今度は先で僅かに左に折れ曲がる奥行きのある線状の空間が現れる。
そのインテリアはアジア貿易商人の住宅らしく、建材の調達も自由に扱えたと見え、チーク、オークなどの輸入材あり、竹、桐などの和材あり、和洋が入り混じった数寄の空間と言って良い。

圧巻はダンスや玉突きを行ったとされる社交室と、奥の座敷に挟まれながら、敷地の変形そのままに僅かに角度が振られた階段のある洋室だ。
ここにはワインレッド色のシルクが貼られた広さ12畳ほどのスペースと、フロアから階段5段、高さにして900ほど持ち上げられた、天井高1900程度の小空間が高低差を持って連続してある。
この小空間は、さながらオペラハウスのボックス席のような空間である。
オペラハウスのボックス席といえば、船のキャビンから舞台となる大海原を見るようなシーンとして作られているが、ここではまさにそうしたシチュエーションが重ね合わされている気がする。
そのように考えるとどことなくイカ釣り船や屋形船を連想させる手前の社交室からも海に繋がる要素が見えてくる。

踊り場というのは、芸妓さんが踊る様子を上階から見下ろすことからつけられたとの説を聞いたことがある。
温泉保養地である熱海という場所柄、ここはまさにそうした遊び心を持った踊り場なのだと思った。
全面開口の折戸を開け放つとこの舞台はそのまま太平洋に繋がる。
なんと贅沢な別邸遊びだろう。
実際には休憩室として使われていたとのことだが、自由に設計を任された建築家の想像力はもっと遊び心に満ちていたはずだ。
ただ、いまは、残念ながらこの上段に上がり舞台を見下ろすことは許されていない。
だから、これはあくまでも僕の推測だ。

また、この壇上で談笑するタウト夫妻らの写真が、 残されている。
婦人たちがハイヒールを履き、男性らが靴を履いて談笑している様子に皆違和感を感じて驚いていた。
洋館の基本である内開き扉が取り付けられている母屋の玄関土間からまっすぐに階段を下りることで繋がるこの地下空間は、日向一族がその後どのように使ったかは別にして、下足領域として考える方が自然である。

最後に、この日向邸を再解釈したとされる、建築家隈研吾の作品「水/ガラス」(1995)は隣の敷地にある。
やはりこれも所有者が変わり、現在、ATAMI 海峯楼として宿泊が可能だ。
だから、ここには二つの舞台が並んで建っていることになる。

日向邸見学には事前予約が必要。

八王子の住宅リノベーション

20150910.jpg八王子で一件、着工した現場がある。
築50年になろうかと思われる鉄筋コンクリート住宅のリノベーションだ。
詳細図面は残っているものの日付が不明で突き合わせても現況と異なるものがあり、設計時点では詳細寸法を入れられない中で進んでいった。
こうした話はリノベーションの現場ではよくある話だ。
また、いざ着工して解体してみると予期せぬものが露になり思わぬ補修費用の出費に苦しむことがある。
今回の計画では残すものはコンクリートの躯体のみ。
後は全て更新するので結果的には新築とほぼかわらない費用がかかる。
実際、木造二階建ての住宅を何案か設計してコスト比較したが、逆に安くなる可能性もあった。
ただ、今回の案件では先代の遺したこの住宅を丁寧に継承することが先代への最大の敬意を表すことであるとも言える。
したがってリノベーションの理由としては揺るぎないのだ。

さっそく構造家と一緒に現場を見て回り補修の必要な箇所をピックアップしチェックしていく。
完全に補修をしようとするとかなりの箇所をいじらなければいけない。
50年前の建築現場はよく言えばある意味とてもおおらか。
今ではとても考えられないような納まりが普通に行なわれていたのである。

A ここはさすがにダメでしょう。
B できれば補修したいかな。
C 考え方によっては許容範囲かな。
D 問題ないでしょう。

指摘箇所すべてをA〜Dに分類して補修コストを算出してもらい現場に指示をだすことに。
この住宅は来年1月完成予定。

映画二題

映画を二本観た。

アルゼンチン映画「人生スイッチ」
6つのショートストーリーが全て、想像ではあり得るけど絶対にあってはならない展開の連鎖。これをブラックユーモアというにはあまりにも肉食系なそのやり取りに平和な草食系日本人にはとても理解できない溝を感じた。
着眼点に興味を持って観に行ったけど、今回は完全に空振り。まあ、たまにはそういうこともあるさ。

20150906.jpg

そして、気を取り直して「あん」
僕の中では珍しく今回は邦画だ。
今年、河瀬直美監督がドリアン助川の同名の小説をもとに映画化した。

映画の舞台は、僕が育った西武線沿線。
それぞれが社会的弱者として生きる三人が交錯するのは、東京郊外のよくある風景。
しかも都市的に俯瞰してみると、どこか疎外感を感じる風景だ。
そこは、地方へと繋がるシェルターで覆われた高速道路と、都会へと繋がる私鉄電車が行き交う場所である。
武蔵野の森の中にひっそり佇むハンセン病療養所という、隔離されたコミュニティもそうだし、マンモス団地の風景もまた、どことなくそんな隔離されたコミュニティに重ねあわせて見えてくる。
しかし、そんなコミュニティが、意外に居心地の良さを醸し出していたりするところが、この映画に描かれた平凡な郊外の風景に活き活きとした力を与えはじめる。
むしろコミュニケーションが、いっさいない一人暮らしのアパートや、マンションこそが、隔離そのもの、のように見えてくるのだ。

満開の桜、そして時間と手間をかけて丹念につくられた餡をくるんだ一つ120円のどら焼き、そして餡をこしらえるためのハンドメイドの道具たち。
日本の美しさがこのような典型的な郊外の街にあってもなお、瑞々しく描かれていくことに引き込まれた。

八幡平

image.jpg今日も岩手県の八幡平の現場へ。朝、二学期に初登校する小学校一年生を一人残して家を出たのは6時。
こうすれば現場には10時半に着く。午後から病院設計チームと合流するので現場の打ち合わせはさくさくと。
さて、自宅に帰着するのは15時間後の21時。合宿から戻ってくる高校一年生と新学期の小学生の報告を聞くとしよう。久しぶりのティータイムのために盛岡のスイーツを仕入れました。

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