桑原聡建築研究所

Satoshi Kuwahara Architectural Studio

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佐渡島

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佐渡島

佐渡島は沖縄本島に次ぐ大きさを持つ離島で、その予想外の広さに驚かされます。
北端から南端までおよそ80キロ、約2時間の道のりです。

なかでも佐渡金山によって繁栄した相川の町はよく知られています。
また、島には、30を超える能舞台があり、それらのほとんどが神社の境内にあります。現在でも神事として頻繁に使われており、年間20回ほど、能が奉納されています。
古代には政治犯の流罪の地として、知られました。佐渡に流されたのは順徳上皇をはじめ、皇族、貴族、僧侶や文化人など政治犯です。その中には、世阿弥も含まれていました。
そして、千石船による廻船業の基地として栄えた、小木を中心とした港町。これは高密居住集落のお手本のような町です。

佐渡は大きく分けて北に大佐渡、南に小佐渡の2列の山脈と、これらにはさまれた国仲平野の3つに分けられます。国仲平野は両津湾から真野湾にかけての広大な穀倉地帯です。

自ずと佐渡の文化も三列構成で、中央からの流人の影響で形成された「国仲」の公家文化、金山直轄地「相川」の武家文化、廻船港「小木」の町人文化、の三つに大別されてきました。

さて、僕の今回の佐渡行きの目的ですが、それは、①この春に「三度の飯より佐渡が好き」をキャッチコピーにめでたく佐渡市議となった理科大初見研究室の後輩、室岡啓君に会いに行くこと、②彼が時折フェースブックにアップしてくれる素晴らしい岩首の棚田を一度、肉眼で見てみたいと思ったこと、③小木に近い宿根木の集落を見ること、④相川の佐渡金山の産業遺跡を見ること、そして⑤近い将来の夏のディスティネーションとしての海岸線のリサーチ、この五つです。

今回は僕にしては珍しく雨に祟られ、二泊三日すべて雨でした。
それでもポンチョをかぶり歩き回りました。

相川の佐渡金山はもちろん素晴らしかったのですが、やはりここは宿根木の集落がまだ現役の町として生きている場所だけに素晴らしかったです。

20161007-1.JPG20161007-2.JPG20161007-3.JPG宿根木は、江戸時代中頃から明治にかけて、廻船業の基地として栄えた町です。
当時の廻船航路は、北は日本海経由で北海道、南は日本海、瀬戸内海と繋ぎ、大阪へ、その後太平洋経由で江戸へと繋がっていました。
その目的は単に物を運搬することではなく、長い航海の間に多くの港に立ち寄りながら、その港々での品物の価格差を利用して利益を出すシステムであったとのことです。
最盛期、宿根木には120世帯500人ほどが集住し、十人余りの船主のほか、船員や船大工らが居住していたそうです。そのほか、関連する様々な職種が集まり、さらに造船基地としても発展したことで、今見られる高密な町並みを形成してきたようです。岩礁が点々とある小さな入り江に作られた港からはなかなか想像がつきませんが、その小ささがとてもすてきな佇まいをいまに残しているのです。
幸い今もなお、約60世帯180人が暮らす半農半漁の生きた集落であり続けています。

宿根木は重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
ここには約1ヘクタールの土地に110棟の建造物が高密度に配置されています。
どの家屋も「世捨て小路」と呼ばれる細い路地に接しています。小路の大半はそのまま歩くと自然に海に向かい、大浜と呼ばれる広場に繋がるようになっています。ここは、大浜がかつて千石船の荷揚げ場、造船場であり、遠く北海道や大阪へ通じる玄関口としての広場であったからです。

建造物には、主屋、別棟の納屋、土蔵すべてに同じ「サヤ」と呼ばれる杉板による竪羽目板張りが統一して施されているので、外観からはそれぞれの区別がつきません。だからもちろん、廻船主の豪邸も船大工の家も外観からは見分けがつかないのです。また、総二階建てとはいえ、その軒高はかなり低く抑えられていて、高密集住のスケール感として程よい親密さを感じさせています。マッチ箱を重ねて行ったように小さく分節されたブロックと屋根の作る集合形態が実に自然発生的であり、また美しく、魅力的なのです。
ところが一歩家の中へはいると、土間が広くとられ、それに続く「オマエ」とよばれる居間では、イロリを中心とした二層吹き抜けの空間が展開します。
また、廻船主の豪邸となると、内部の木部には天井板にまで漆をふんだんに使うなど、実に贅沢で豪華な造りとなっています。豪華な一方、オマエの奥、二段の敷居をまたいだ「納戸」とよばれる寝床は脚が伸びきらないくらいの窮屈な空間なのですが、家族全員が川の字になって寝たと言います。それはなんだかとっても微笑ましい空間でした。

現在、この集落には一棟丸ごと借りることができる家屋が二軒あります。
次に来る時はぜひ泊まりに来ようと思っています。
もう一つ、たらい船に乗る時間がなかったことを僕よりむしろ娘が残念がっておりました。

さて、この宿根木から海岸線に沿って30キロほど走ったあたりに岩首の集落があります。この集落も67世帯140人が暮らす半農半漁の生きた集落です。そして海に面した集落から背後の山に向かって約2キロ、標高300mの斜面に向かって広大な棚田が広がっています。
この棚田の上部から海を遠望したアングルに僕は魅せられて、この場所までロケハンに来てみたい、と思ったのです。

20161007-4.JPG今回は雨で視界も悪く、棚田は次回に譲ることとなりましたが、幸いこの日、岩首集落のお祭りの日と重なりました。僕たちもお祭りに混ぜていただき、集落の民家に上がり、オマエからお祭りを見学させていただくことになりました。
岩首のお祭りはなんと年間14回も行なわれているそうです。
今回のお祭りは熊野神社大祭です。

赤鬼青鬼、そして笛太鼓が行列しながら各家屋を一軒一軒、門付けして回ります。朝から晩まで延々と続けられているそうで、僕たちが夕方たどり着いた頃には皆さん相当お酒が回っているようでした。この日、どの家もオマエ(二層吹き抜けの囲炉裏の居間)が開け放たれ、内にはご馳走が並べられています。お酒も次々に注がれています。鬼太鼓がやってくると各家からお花代が手渡されます。それを一つ一つ、「ろうそ」と呼ばれる仕切り役のひとが数字の桁を誇張しながら面白おかしく読み上げます。そして、一つ読み上げるごとに踊り手を指名します。ですから、ご主人、奥さん、おじいさん、おばあさんから4袋出れば4回の舞いと太鼓を披露することになります。実にゆったりゆったり進んでいくのです。

20161007-5.jpgこうした生きた風習、習慣を見ると、ひとけのない日常の集落の静かな風景とは違って実に活き活きとしていて、大きな魅力を感じます。
これらは決してテーマパークや伝承博物館では味わえない生きた体験です。
アイランドツーリズムはかくあるべき、というお手本を見せて頂きました。
この岩首集落には棚田のスペシャリスト、「棚田おじさん」がいらっしゃいますし、
この春から一軒の民家をなおしながら、シェアハウスを立ち上げた地域おこし協力隊の若手のかたもいらっしゃいます。
いま佐渡で一番熱い地域なのではないかと思いました。
また再訪できるときにゆっくりお話を伺いたいと、集落を後にしました。

20161007-6.JPG

ということで二泊三日では到底語れない懐の大きさを誇る佐渡島です。
東京からも四時間ほどで行ける場所ですので、是非次のディスティネーションに加えてみることをお勧めします。


佐渡島データ
面積 854.49 km2 人口 5万8,047人

特産品
お米、しいたけ、おけさ柿、洋梨、イチジク、佐渡牛、甘エビ、ずわい蟹、イカ、ブリ、真牡蠣、酒、いごねり、沢根団子、ブリカツ丼

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