桑原聡建築研究所

Satoshi Kuwahara Architectural Studio

  • 文字サイズ
  • 小
  • 中
  • 大

home

Column

巣ごもりに思う

Column

巣ごもりに思う

新型コロナ自粛の中、お世話になった方々から連絡をいただき気遣いの言葉を頂戴することがある。飲めない僕は自分から進んで飲み会を企画することはないし、人と常につるんでいないと落ち着かないという性分でもない。事務所には僕を含めて3名在籍しているが出勤時間は各自お任せ。僕は朝の渋滞を避けるために朝5時に起き6時過ぎに家を出て7時前に出社する。この早朝出社は、読書しながらの電車通勤も悪くないと感じていたある日、あまりにも乗らなくなった車のバッテリーが上がり、無残にもコンピューターシステムが誤作動して面倒なことになってしまったことから始めた習慣だ。今それが密を避ける行動として役立っている。事務所では日中のほとんどの時間、僕一人でワークしている。夕方から出社してくるスタッフとは1〜2時間だけ共に過ごし、僕は先に帰宅する。別に介護事業の仕事も持つ彼の席は3メートル離れた風下側の席。残る一人は慢性疾患を持っているので暗黙の了解として自宅で巣ごもり中だ。稼働中の現場や設計打ち合わせには公共交通機関は一切使わず自転車か車で向かう。だからむしろ家に帰ると大学が休校になって春休みから引き続き家に居続ける長女と小学校が休校になった次女が夕食を待っているから僕の中での最も三密な環境は自宅になるわけだ。誰か一人が不注意な行動をとることで三人揃って感染する可能性があることをお互い確認し合うことで予防策としている。だから先ほどのような問い合わせにも普段と全く変わることのない暮らしを送っていることを伝え安心していただく。

ところで僕の中での三密な環境は自宅だと言ったが、帰宅してから寝るまでの数時間は僕の一日で最も大切な時間だ。住まいで重要なのは滞在時間ではなくて滞在の密度だ。三密の密度のことではなくて暮らしに向き合う気持ちの大きさとでも言ったら良いだろうか。僕の場合、帰宅する途上、車に乗ってから家に帰るまでの間、次女の携帯と僕のiPhoneはハンズフリーでずっとつながっている。運転しながら今日のメニューを話し合い、炊飯器のセット、食材の下ごしらえ、今日のデザートやお茶の銘柄まで確認しそれを実行するのは次女の役割だ。そうすることで帰宅してからすぐに調理に取りかかり30分以内で食事タイムとなる。デザートまで含めても約1時間だ。天気がよければテラスで食べる。食後の後片付けと洗濯は長女の役割だ。何でもかんでも食洗機にぶち込んで多少洗い残しがあっても気にしない僕と違って彼女は実に細かな汚れもキレイに洗い上げるからだ。寝るまでの数時間、僕の家族は自分のためだけのことは一切しない。家族がお互いのために自分ができることをする。そんな家族の時間が日々そこにあったことに改めて気づかされたのは意外に新鮮だった。ほんの束の間の時間だがそれらは人生を豊かにしてくれる楽しみとなっている。世の中的にもいま、住宅を作るということにはこれまで以上に関心が高まっているはずだ。リモートワークがたいした準備もなく始まって自宅の不便さに気づいた人は多いと思う。また食事を作る機会が増えキッチンの使い勝手に不満を持った人も多いだろう。またパートナーとの暮らしに新たな心地よさを発見した人もいるだろうし、普段は日中不在だったはずの旦那がそこにいることでものすごいストレスを抱え込んでいる女性とそのことに全く気がつかない男性も多いかもしれない。

昨日の電話は昨年ご自宅にシアターを作って差し上げたクライアントからのものだった。いただいた電話では大変な感謝の様子。すべての劇場がクローズしている今、自宅に劇場以上のクオリティーで映像と音響を楽しめる場があることは贅沢ではあるけれど他の贅沢が一切できない今の時期にあっては何にも代えがたい魅力となった様子。一方、自宅の余っている部屋を何かに使えないかと相談を受け「ジムはどうでしょうか?」と、映像も音響も空調もパーフェクトに作り込んだジムを即答してお勧めしたクライアントさんからは、あの時すぐに提案を受け入れておけばよかった、、と後悔の電話。イタリア製のマシンは現在供給が間に合っておらず今から計画してもすぐには実現できない。

そんなこんなでどんなに過酷な状況、厳しい事態であれ家と家族を中心に物事を考えることは僕たちの人生に正しい答えを導いてくれる。決して会社や世の中のためなどではない。あくまでも身近にある家と家族のためだ。世の中経済活動が落ち込んでいるのだから短期的に売り上げが減るのはどの業界でもやむを得ない。それでも第二波、第三波、あるいは次のウィルスを見据えて様々な巣ごもりのアイディアや暮らし方の提案を発信しそれを基盤に仕事を続けていけるのは喜びである。
また、コミュニティーとか交流という概念がともすれば悪になり替わりそうな状況であるが、そうではない。家と家族のそのすぐ先にコミュニティーがある。自分と家族とその周りにある守るべき小さなコミュニティーだ。

今更のように巣ごもりという言葉が一人歩きしているようにも思えるが、これもまた今更の話ではない。僕たちが家で良い時間を過ごすことこそが本来の姿なのだ。家族があれば家族とともに。独り身であれば悠々自適に。愛玩のペットがあればペットとともに。そしてそんな今が自分たちの家と暮らしかたを見つめなおす最高のチャンスなのだ。

IMG_8946.jpghigashinakano_006.jpeg

各種ランキングに参加しております

にほんブログ村 住まいブログ 人気ブログランキング マイホーム 住まいる Blogランキング 住まい

Comments

この記事に対してコメントする *は必須項目です。

 

Trackback

Trackback URL : http://www.s-kuwahara.com/cms/trackback/837

Page Top