桑原聡建築研究所

Satoshi Kuwahara Architectural Studio

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家族のアーカイブ

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家族 [ 51 entry ]

久しぶりの更新です。

久しぶりの更新です。
忙しさを理由にコラムの執筆をサボっておりました。
ところで、フェースブックのお友達は皆さんご存知かと思いますが改めて報告です。

この二学期から三学期にかけて私の下の娘(小学校三年生)が岩手県八幡平市の小学校に転校することになりました。
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生徒数1080人の東京都世田谷区のマンモス校から全校生徒48人の小さな山の学校への転校です。クラスメイトは2、3年複式学級で11名、3年生は6名です。住まいは私が設計した高齢者住宅、オークフィールド八幡平の一部屋です。
このオークフィールド八幡平にはたくさんのお父さん・お母さん・お爺さん・お婆さん、おまけに地域おこし協力隊の27歳のお兄さんまで揃って一つ屋根の下で暮らしています。実はこれは昔の大家族制の姿そのものなのです。それで私は時々東京に出稼ぎに行っていると言う具合になります。もちろんその間彼女は一人暮らしです。それでも前述の通り常に人と接していますので寂しさを感じている暇はないわけです。
そこで私は、「子育ての責任は親の責任だけど、見守るのは地域」という、大家族社会だった頃の日本のコミュニティーのありようを実践したいと思っています。長年培った大人たちの暮らしの知恵が子供を育て、子供との関わりから生きがいや喜びを得る、そんな社会の姿です。今後オークフィールドを拠点に地域連携で子供の教育環境を考える場を作れないかと模索しています。また冬の寒さ、厳しさから学ぶものもたくさんあると思います。
山の学校の夏休みは短く、8月18日の金曜日が始業式でした。短い夏が終わるとすぐに冬がやってきます。今は毎日畑仕事を楽しそうに手伝っている娘ですが、農閑期の冬こそ自分と向き合える良い機会がやってきます。教育は地域で暮らし続けるための最大のテーマです。地域で暮らし続けながら将来の夢を実現する。東京で暮らしていたら到底学べない、そんな「まなびかた改革」が実現出来たら最高です!
そして僕は今、都会の子供たちが移住したいと思えるような魅力ある地域づくりに向けてアイディアを練っていくことをライフワークにしたいと思っているところです。それには私一人では限界があります。ぜひご賛同いただける方はご協力ください。
また、自分の娘、息子もそんな暮らしにトライしてみたいのだけど、とお思われた方もいらしたらぜひお声掛けいただけると嬉しいです。
この秋、10月第二週末、14日、15日にはイベントも予定しています。詳細はまた追ってお知らせします。

この夏のこと

早朝の自転車通勤では秋の風がやや肌寒い季節となりました。
気がつくともう9月が終わろうとしています。
夏休み気分はとっくに過ぎ去り、今は慌ただしい日常に追いかけられています。
それでも時々夏を振り返り次の予定に思いを巡らせたりもしています。

さて、この夏の旅のこと。

日本は島国です。海岸線の総延長は3万3,889kmもあります。
しかし、これを日本の総人口1億2,800万人で割ると、ひとりあたり、264ミリしか無いことになります。
確かに東京近郊の浜や、地方でも有名な浜では場所とりシートを敷いたら足の踏み場が無くなるようなビーチはとても多いですね。
切り立った崖や遊泳に適さないような浜を除くともう残りは僅かとなります。そんな場所はやはりどこも、人、人、人。
だから自然を楽しむというより海に集まる人々を眺めて楽しむ不審な輩も多いように思えて、そんな俗っぽいところが、僕をこれまで海から遠ざけていた理由でした。
なんとなく、海に行く=せっかく自然を求めて行ったのにひとでごった返す、ゴミが溢れて汚い、集まってくる人種が違う、そんなネガティヴなイメージです。

しかし、まだまだ日本の懐の奥深さを感じさせてくれる地域はあります。
そのひとつが、この夏の休暇で訪れた五島列島北部に位置する小値賀島です。

この夏はもともとギリシャ行きを予定していたのですが、娘の学校の行事などがあり、うまく連続した休暇が取れそうになかったので、急遽国内で過ごすことに決め、約2週間の間に一度東京に戻ってくることのできるエリアに変更したのです。

小値賀島は面積僅か12.22 km2の小さな島です。ここには人口2,433人、世帯数1285世帯が暮らしています。かつては一世帯あたり5人を保っていましたが、年々核家族化と高齢化が進み、世帯数はほぼ横ばいだけれども、人口減少が続いています。
現在の高齢化率(65歳以上の人口比)は47パーセントとなり、限界集落一歩手前の状況です。
しかし、一方では子育て家族の転入者が増えていることにより幼年人口が若干上向きになる現象も起きていて、今後いかにしてよそ者を招き入れて子供を増やすか期待されています。
日本一美しい"おもてなし"の村、ともうたわれ、いま、静かに注目さている地域なのです。

20160928-1.JPG20160928-2.JPG20160928-3.JPG20160928-4.JPG僕はどこかに行く時には事前にGoogleマップを駆使して行き先の空撮映像をくまなくチェックします。国内でも海外でもこれはとても役立ちます。
建築の配置模型を見るように想像力を膨らませて地形を見ていきます。
それで、家屋、集落、海岸線、などを俯瞰しながら面白そうだと思ったところには全てチェックマークを入れて行きます。

そこで時々「あれっ?」と、気づくことがあります。
そして、実際に現地に行ってみると「なるほど」と、なることも多いし、また、想像出来なかったような展開が待っていることもあります。
このときの、「想像を超えた展開」がやはり旅の醍醐味です。

この島には美しい石積みの路地が多く残り、独特の集落景観を持続しているのですが、それらが持つ緩やかな円弧が他の地域と違って非常に美しいのです。家屋のアプローチも緩やかにカーブしていて、門がなくても玄関が奥に見え隠れするように配慮されています。

ひとつには石積みのコーナー部は直角よりもアール形状でおさめたほうが支持力が増しますから、こうした積み方は極めて合理的です。それは、南イタリアのアルベロベッロの円筒と円錐を組合せていく成り立ちと同じです。
もう一つ、この島では古来、牛を持っていて、その牛が通るのに直交、直角な街路は適していないため、こうなったのであろう、というのが僕の推測です。
だから、路地の幅は車が入れない寸法、かつ、人一人歩くにはやや広い寸法があてがわれています。
現地を実際に歩いてみるとそんなことに気づき、思いを馳せてひとり感動したりします。

他にも、焼杉の外壁を纏った島の集落の路地を歩くと、何故か窓枠だけが水色だったり緑色だったりクリーム色だったり赤だったり、中には黄色やピンクといった日本離れした色まで使われていたりもします。
着色そのものは比較的新しい年代のものに違いないとは思いますが、世界を旅していると、漁師町には共通してカラフルな色が多いことに気づきます。
漁師さんの使う船、旗、全てに色が溢れています。
家族の無事を遠くから識別できるようにとの説もあります。また、実際に漁師さんとお話しすると、いまみたいにGPSがない頃は魚の群れを見つけるとすぐにその場所を三角法で測定するのだけど、この辺りは漁場が極めて近海にありますから、あの緑の家と赤い家とかで目印にしているとも聞きました。

そんなこんなで僕はこの夏、熱にうなされたようにこれらの島の魅力にとりつかれました。

ところで、この島は半農半漁、自分の食べるものは全て自分の手で作り、獲ることがあたりまえのように継承されています。さらにどうしても自分で作れない人には自分が作ったものを分けてあげるということもあたりまえと考えられているそうです。

しかしながら、ここでふと悲しい現実に気がつきます。僕たち都会の人間は自分では何も口に入れられるモノは作っていません。だから、彼らにとってはあたりまえだけど僕たちにとってはこれまで体験することのなかった彼らの日常を体験させて頂くために交換できるものは、いまのところ「お金」しかありません。
このことこそがツーリズムである、と云うことが出来ますが、一方でそのままだとどこかアウェイ感も強いのです。
結局ツーリストはお金以外なにも残さずに、「帰る場所」があります。

今回僕たちは民泊に2泊、隣接する無人島の野崎島のキャンプ施設に2泊、古民家をリノベーションした家屋に2泊、滞在することで、島暮らしのエッセンスを体験しました。民泊では晩ご飯のおかずのために鯵を自分たちで釣りました。古民家では朝早くに漁港で食材を仕入れ、島のものだけで二泊三日の5食分を料理して食べました。

僕はいま真剣に大好きな建築と大好きなツーリズムを合体させる方法はないだろうかと考えています。だから僕が交換できるお金以外のもの、つまり、「建築家としての能力」を交換できないかなあと考えています。
ひとは皆、様々な能力、技術、技能を持っています。
貨幣を介さずにそれらを暮らしそのものに変えることができれば、というのが、僕が最近思い至った「もう一つのはたらきかた」のイメージです。

これを「旅する(さすらう)建築家」とでも呼びましょうか。

僕は暮らしと建築を構想します。それによって皆さんが暮らしをより豊かに感じられるようになっていただけたら幸せです。
そして、皆さんが僕に与えてくださるすべてのもの、ことを感謝して受け取れるようになりたいと改めて気付かされた夏でした。

小値賀町の問い合わせ先
小値賀アイランドツーリズム 略称 小値賀IT

小値賀町のデータ

主な農産物
ミエンドウ、サヤエンドウ、落花生、コシヒカリ、ブロッコリー、トマト、ミニトマト、メロン、スイカ、サツマイモ、ゴーヤ、アスパラ

主な海産物
イサキ、タチウオ、ブリ、ヒラス、マダイ、アオリイカ、ケンサキイカ、スルメイカ、サワラ、イセエビ、タコ、ハガツオ、シビ、アラ、ヒラメ、アカムツ

「セビリアの理髪師」

昨日の父の日、家族でオペラを楽しみました。
オペラはだいたい年に4回くらい家族で観に行きます。
といっても、何万円もするような有名歌劇場の来日公演にではなく、お財布に優しいものに限り、です。

20160620.jpg昨日の演目は、ロッシーニのオペラ・ブッファ「セビリアの理髪師」
オペラ・ブッファは子供たちと一緒に見てもシリアスな場面がないので、とても楽しく、ペルゴレージ、チマローザ、ドニゼッティ、モーツァルトなどと並んで、これまでも何度か観てきたので、子供たちにとってもお馴染みの演目です。
音楽付喜劇ともいえる舞台は、悪を笑いにかえ、滑稽さを強調する大げさな振り付けに、客席からは思わず笑い声が加わります。
また、オペラでは裏方とも言えなくもない楽団も、ここではとても楽しいのです。
指揮者がタクトを置いてチェンバロを弾き、ギター弾きがオケピから舞台に上がり、愛のカンツォーネを伴奏します。
そして、素っ頓狂な甲高い音を奏でるピッコロ(フルート)が、楽団でも道化を予感させています。

さて、物語の主人公、アルマヴィーヴァ伯爵は、フィガロのとりなしにより、医者バルトロから資産目当ての結婚を迫られていたロジーナ嬢に猛アタック。なんと、このバルトロは、ロジーナ嬢の叔父であり、後見人なのです。しかし、エンディングではめでたくアルマヴィーヴァ伯爵はロジーナ嬢を妻に迎えます。ところが、続編となる、モーツァルトの「フィガロの結婚」では、アルマヴィーヴァ伯爵は一転、超浮気者として描かれ、当時貴族の間に横行していた「初夜権」を復活させて、フィガロの結婚相手であるスザンナ嬢をなんとかモノにしようと画策する悪者を演じます。
あのときの情熱は今何処に?今でもよくある話ですね。
そうしたことを知って観ていると、その歌、表情、振り付けの中にはそう一筋縄ではいかない、人々の心持ちや狡猾さも同時に表現しようとしているのがわかります。

笑い声の少し大きめな下の娘は、前の席のおじさんから時々睨まれていましたけどね。。。

バナナパンケーキ

よく晴れた気持ちのよい朝、すっかり休日モードで朝ごはんをつくる。
こうした朝には僕が作るパンケーキが人気だ。
材料は至って普通。
けれど出来上がりには僕らしさが出るらしい。
その日の気分て中に混ぜるものが違っていたり、焼き加減も違っているからだ。
いつも同じはつまらないから、少し実験、いや、プチ挑戦する。
もう一つ、これは決定的なのだが、混ぜる、とか、泡立てる、とか、煮込む、とか、、、そうしたことに何で?と思う位に僕は執念を燃やす。
だから、完成型は普通でも味が深くなる。別な言い方をすると、シツコくなる。
そんな訳で、僕の料理は妻の料理とは全く別のカテゴリーで子供達の胃袋におさまるのだ。
今日のパンケーキのポイントは、食べごろを逃して子供達が見向きもしなくなった黒ずんだバナナ。
すぐに崩れるから泡立て気味の卵入りミルクとポールの中でグニャグニャに混ざる。
これを低温のヒーターにかけて時間をかけてゆっくり焼く。
因みに我が家のミーレでは「3」だ。
今日のテーマは、ふっくらモチモチバナナパンケーキ。
他に、気分によって、ミーレの「4」にして焼く、こんがりサクサクパンケーキだったり、ヨーグルトを混ぜたしっとりほの酸っぱンケーキになったりする。
蜂蜜を混ぜてみた時は明らかに失敗だったし、水飴を入れてみた時はどーしようか(汗)となったけれど、子供たちは気にせず食べてくれた。
お父さんが作るということが重要なんだよ。と、思えば、それでよいのだ。

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クリスマスツリー

20111123.jpg祝日の今日、風邪をひいた娘は外出できずにフラストレーションたまり気味。
夕方、夕食のパスタに使うパルミジャーノ・レッジャーノのブロックを買いに近所にある外国人向けのスーパーまで出かけた。
ガレージで大量の樅の木が販売されているのを見かけ、さっそく我が家でもクリスマスツリーを組み立てることにした。
子供二人と僕の三人で高さ1.8メートルのツリーを地下室から運び出し、リビングルームに飾る。
イルミネーションを取付け、点灯式を済ませ、3人でクリスマスソングを歌い、完了。
ことしも楽しいクリスマスが迎えられますように。

ところで、夕食のカルボナーラを作ったシェフは僕です。
我が家では僕が作るパスタは大人気。
0.5kg茹でたディ・チェッコが怖いくらいあっという間に4人の胃袋に納まってしまいます。。。

「あそぼー」

今日は滞った仕事をしたい。
そう思ってパソコンに向かうと「あそぼーよー」と、娘が脚もとに纏わりついてくる。
そういう時はこれ。
ハサミと大量の裏紙、もしくは折り込み広告。
するといつまでも飽きずにチョキチョキチョキ。
今日のBGMはJohann Sebastian Bach:Cello Suites、全然関係ないけどチェロの響きとハサミの音がとってもシュールな組み合わせ。
仕事をしながら振り返って時々作品を褒めるとさらに熱中。
これは共存共栄のための必殺技だ。
ビジネスの世界ではWIN-WINの関係、という奴か。
僕の場合も、上手なクライアントさんからはこんな風に操られている筈だ。きっと。

さあ、そろそろお出かけする時間。
床に散乱した「作品」を一緒に片付けようね。

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相手のペース、自分のペース

昨日から妻が高熱を出して調子が悪い。
午前中のミーティングをキャンセルして朝一番で病院に連れて行き、家に送り届けた後、下の娘を連れて午後1時からの打合せのために出勤。
今日は保育室の予約のない日だからだ。
おなかが減るととたんにぐずり出す娘のために「東急のれん街」で調達したお弁当。
打ち合わせをしながら彼女に与える。
20111031.jpg事務所には彼女専用のデスクがあり、色紙、色鉛筆、クレヨン、、、と遊びの材料はいくらでもあるから、放っておいても調子良ければ一人で楽しそうに遊んでいる。
途中「下」のお世話で中座したけれども3時間半の打合せを何とか乗り切った。
その後今度は不動産関連の契約だ。
今度は疲れ果てて眠っている間に終了。
再び事務所に戻って朝一でキャンセルした所内ミーティング。
スタッフの間を歩き回ってはしゃいでいるけれどもこれは許そう。

自分のペースだけ考えていたら何もできない。
だけど、相手のペースと自分のペースを上手いことあわせながら進めればそれほど難しいことはない。
子育ても人生も組織もみな同じだな、、、と思う。

「あそぼう!」

夜更かし型の設計事務所だけれども、僕は何があっても9時前には事務所を出て9時半には自宅にいるようにしている。
家に帰ると夜更かし型の2歳の娘が玄関まで走って迎えにきてくれて、「あそぼう!」「いっしょにやろう!」を連発する。
彼女が最近ハマっているのは紙をはさみで切ってテープで留めて何かの立体を作ること。
出来た作品を僕のところまで持って来てプレゼントしてくれる。
独り言をいいながらとにかく、ばりばり、チョキチョキ、と、いつまでもやっている。

「あそぼう!」がそのまま仕事になっちゃったような今の僕。
血は争えないなあ、とそんな後ろ姿を見てほっこり思う。

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