桑原聡建築研究所

Satoshi Kuwahara Architectural Studio

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ひとりごと [ 120 entry ]

岩手山で骨折!

9月の第3週、第4週と2週にわたり、いつもオークフィールドから見上げている山、岩手山(標高2038m)に娘と二人で登ってきました。最初は北面の焼走りから頂上を目指し、その後西に尾根をたどり松川温泉まで行く1泊二日の行程で臨みましたが、あいにくの二日目の悪天候で、八合目避難小屋で一泊したのち焼走りまでもと来た道を戻ることになりました。
そこで翌週、今度は松川温泉から入山し尾根をたどり山頂を目指し、八合目避難小屋で一泊した後頂上でご来光を仰ぎ、その後北面の花畑を経由して松川温泉まで下山することにしました。
1日目は殆どガスの中。火山性のガスと霧がもたらすガスがどちらだかわからないようなそんな真っ白い中、次々に現れる岩の塊をよじ登り、八合目避難小屋に辿り着きました。二日目の明け方、ご来光を見ようと避難小屋の外に出た時もまだ濃いガスに包まれておりました。寒さと強風に凍えながら頂上を目指すにつれて雲海の上に群青色の空が現れ茜色に染まり始めました。5時過ぎに見事なご来光。しかし、凍えた娘がもう限界。さっさと山頂を後にします。

20171009.jpeg

さて、落ち着いたところで晴れた山並みを見渡しますと、岩手山から八幡平にかけての稜線の紅葉は今がピーク。澄み渡る青空に色とりどりの紅葉の山並みに気分は上々。ご来光の寒さと強風に半べそかいていた小三の娘もすっかりご機嫌です。

下山は口笛吹きながら気分よく。
さて、そこで悲劇が起こりました。

岩手山を下り、第一の休憩場所に選んだお花畑。木道をベッドに気持ちよく、しばし昼寝をした後のことです。僕には「案内表示の木杭に攀じ登る」という実におバカな習性があります。この日も木道に寝転がって見上げた目の前の木杭にどうしても登りたくなりました。標高1500ミリ、150ミリ四方の山頂がそこにあります。勢いよく、えいっ、と跳び箱の要領で山頂に飛び乗り、座ろうとしました。しかし、いつもと違って少し前よりの重心にふらっとした次の瞬間、なすすべもなくそのまま地上めがけて墜落しておりました。
こうして地上に激しく叩きつけられ、息もできぬ不安の数秒間が過ぎ、よろよろと立ち上がろうとしたそのとき、胸のあたりに激痛が走りました。ああ、やってしまいました。以前にも肋骨を痛めたことがありますのですぐにわかります。
前日の登りで知り合って意気投合した友人が準備よく持ち合わせていた痛み止めを服用し、なんとかかんとか自力で下山しました。下山した場所は効能抜群の松川温泉。ここの湯でさっそく湯治です。温泉では気持ちよく体が動くものの、あがってしばらく経つと再び激痛が襲ってきます。
その日の夜からは寝返りも打てず、咳もくしゃみもできず、笑うことも許されない数日を過ごしました。
その後週末のたびに温泉での湯治を続けて今日に至っております。
今日で怪我から2週間が過ぎ、ようやく楽になってきました。
皆さん本当にご心配おかけいたしました。(反省)

静かな社会問題

先週末のことです。京王線の終点新宿駅で電車を降りようとしたときのこと。京王線の場合、「下車専用口」と「下車のち乗車の出入り口」が時間差で開いて混雑緩和を図っているのですが、僕は混雑する「下車専用口」を避けて「下車のち乗車の出口」から出ようと待っていました。ところが扉の向こうには我さきにと乗車順位を競って身構えているお年寄りがいます。ちょっとこれはヤバイかなと考えた瞬間に扉が開き、同時にその爺さんが僕に驚くほど強烈なタックル。小二の娘の手を引いた僕はヨロヨロっと体勢を崩しながら振り返って爺さんの方を見ると、「バカヤロウ!コレは出口じゃねえんだよ 怒」と、いきなりキレられてしまいました。扉が開く前からカモと狙われていたのですね。見事鬱憤ばらしの標的にされてしまいました。

仕事柄、元気な高齢者を応援する立場にあるのですが、ここまで元気すぎるのも困ったものです。
実はこうした経験はこれまでも何度かあります。
最近特に顕著になった気がします。

20161102.jpg先日見つけた記事からの抜粋です。

「煙草の吸殻をポイ捨てするのは、みんな60代以上。せっかくきれいな場所なのだから、この美しさを保ち続けたいと思って注意しても、逆切れしてしまうのもこの世代で、注意しにくいんです...」
とは、沖縄のマングローブツアーの若者のセリフ。こうした、高齢者の公共マナーの悪さは時々耳にすることがある。

この問題について、特定非営利活動法人「老いの工学研究所」が2015年3月に「世代別のマナーの状況」について独自調査。20~81歳までの151名の回答結果をまとめている。

この調査では、電車内・お店・公道でのマナーが悪い、交通ルールや礼儀・規範を守らない、見苦しい振る舞い・無神経な振る舞いがある、などの項目を、若手・中年・高齢の年齢層と男女別に分け、質問しまとめたもの。その結果を見ると、「人目をはばからない」で1位になったのは高齢・男性で52%。高齢・女性は36%程度と全体の4位。特に男性は、年齢とともに「人目をはばからない」の数値は上昇傾向。因みに女性の場合は、中年女性がもっとも高い。

超少子高齢化のよのなかでは、自分たちが中心と考えてしまう高齢者の方も残念ながら多い。また、自分たちが今の日本を作ってきたのだという自負感が、横柄な態度やルール違反行動を助長させてしまうのかも。

とありました。

実はこれ、反面教師でもあります。
僕はいま、次々に新しく身につけた知識を駆使していたかつての自分と異なり、圧倒的に経験を引用して今の仕事や暮らしをしていることに気付きます。

ですから、はっきり言って思い込みが強い。時々よくこれまで56年間も間違いに気がつかずに生きてこれたなあと深く反省することがあります。また、いつの間に変わってたの?このルール。みたいなこともあります。

年を重ねるとこれまでの経験を頼りに行動しますので、ルールの変更とか制度の改変、マナーも時代とともに変化していくものだから、自分がまだ若くなんでも吸収していた頃のまま固まってしまった考え方はなかなか変えられないのかもしれません。

だからきっと僕も娘からはしょうがないなあ~とか、スタッフからもまた始まったなあ~とか思われているはずです。
同年代の皆さん!ウザい年寄りにならないためにお互い頑張りましょう!

もちろん、僕の周りの諸先輩方はみなさんとても素敵な方ばかりです。そのことも一言申し添えておきます。

一昨日のこと

一昨日のことです。石破茂地方創生担当大臣(元)が僕たちの勉強会に現れ、ど迫力の生ライブで講演いただきました。原稿持たずに約20分 。最後に質問したいことがあったのだけど、「目ぢから」強すぎてひるんでいるうちにタイムアウト。

ここで、地方を豊かにするためのキーワードをいくつか。

「今だけ此処だけあなただけ」
とてもわかりやすいです。
いつ、どこに、誰に来て欲しいのか、明確に発信せよ。つまり、皆さんどうぞどうぞ来て下さい、ではなく、私たちが欲しいのはこんな人だ、ということを明言するということですね。

20161028.jpg「EEZ世界第6位の日本」
(EEZ=排他的経済水域)
世界第6位の豊かな漁場と70%の森林を合わせた農林水産資源は地方の資産です。資源を活用する、資源を輸出する、それだけの質と量は持続的活用が充分に可能、ということです。

ところで、日本の領土面積は約38万km²で世界第60位。しかし、領海およびEEZを合わせた総面積は世界6位となります。
ちなみに一位はアメリカ、次いでフランス、そしてオーストラリア、ロシア、カナダ、日本、と続きます。
水域面積も広大で、領海(含:内水)とEEZを合わせて約447万km²で世界第9位なのですね。

ここからしばらくは僕の備忘録。

ところで、日本の領海とは?
基線から最大12海里(約22.2km)までの範囲で国家が設定した帯状の水域であり、沿岸国の主権が及ぶ水域のこと。

もう1つ、日本のEEZとは?
1982年に第3次国際連合海洋法会議において海洋法に関する国際連合条約(国際連合海洋法条約)が作成され、1994年に発効。
同条約により自国の海岸線から200海里範囲内の水産資源および鉱物資源などの非生物資源の探査と開発に関する権利を得る一方で、資源の管理や海洋汚染防止の義務を負う。
日本政府は1983年に同条約に署名し1996年に国会において批准。とあります。
(国際海里=1852 m)

最後に、オックスフォード大学で日本学を学んだ、現在小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソン著「新・観光立国論」を読みなさい、とひと言いただき、皆で記念撮影。ガッツポーズを決めて足早に去って行きました。

「品格」について

20161019.jpg東京オリンピックのボート競技会場を巡り盛んに議論がされています。
宮城県の村井知事が「復興五輪」にしたいと力強く発言しました。しかも整備費用は50億。なんと440億円の予算縮小提案です。

一方、埼玉県の上田知事は、彩湖に来てくれたら「それはそれでありがたい」と発言しました。「それはそれでありがたい」のかぁ。。。このなんともやる気のない発言に大きな温度差を感じてしまいました。

これだけを見ると宮城県に軍配が上がりそうですが、実はここにもトリックはあって、仮設など建設費以外でさらに2~300億かかるというのですからわけがわからなくなります。
そもそも当初は69億と発表されていた整備費です。

そして更に、東京の業者も必死に攻防し始めました。
「海の森競技場」の整備費490億がいきなり300億で再提案。それにしてもこれはどういったことなんでしょうか?だったら最初から知恵を絞ってもっと薄着にしておけばよかったじゃあないですか?
でも気をつけてください。あとからそれは見ていません、含まれていません、というのがよくある話です。

民間の投資であれば、利益とのバランスで投資総額を決定するプロセスは極めて合理的に開示されます。そしてプロジェクトに関わる全員がこのことを共有しています。
今回のようなやり取りはなにもここだけの話ではなく、これまでも延々と繰り返されてきたことだと勘ぐりたくなります。こんなやりとりを見ていると、いったい幾ら税金を使わせるつもりだったのでしょうか、と思わざるを得ません。
これでは品格もなにもあったものではありませんね。

僕の大好きな佐渡でも今、市庁舎の全面建て替え30億を巡り、真っ二つに意見が分かれているそうです。
ここでの議論は建て替えの可否を巡り真っ向から対立する議論です。
私なら今の庁舎で足りない面積と機能を補完する「部分増築及び既存改修」で予算を半分以下に圧縮し、さらに増築部分は今の鉄筋コンクリート製にカーテンウォールといった味気ないものではなく、コンパクトだけど軒が出の大きくローコストな木造平屋で佐渡らしい景観を提案します。また、そこを職員が業務の傍ら子供の見守りもできるように、人が常に溜まれる安定的な場所にして、これからを担う地域の人たちの利益のためになることを考えたいと思うのです。
また支所を統合して本庁舎に集約する議論もあるようですが、特に山脈によって沿岸部と内陸地域が分断されている佐渡の地形を考えると、小さくても災害拠点としての支所の役割は重要でしょう。

ここで私は、決して批判をしているのではなく、公共工事に関わる全ての人たちが、どうも感覚が麻痺しているとしか思えず、お願いですから品格ある事業センスを持って業務にあたって下さい、と切に望んでいるのです。

僕はよく予算が高いとお叱りを受けるのですが、それは建設費にFFE、さらに暮らしで必要になる備品も全て含めてトータルのバジェットを提示しているからです。
単純に費用だけで比べてみたら他に負けてしまいますが、どちらが正しいと思いますか?

東京オリンピックも佐渡も是非、品格のある賢い落とし所を見つけて欲しいものです。

離島の課題

二年前のブログで『ハッピー・リトル・アイランド 』 という映画について書きました。
今年は実に私自身、離島によって癒され、離島によって考えさせられました。
そして日本の離島の状況も『ハッピー・リトル・アイランド 』に描かれていることと同じ、ということを知りました。

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離島の課題、それは言うまでもなく人口減、人口流出です。
高齢化による自然減は仕方ないとして、子育て世帯の流出、或いは子の進学、就職による流出をどうやって抑制し、今後転入による増加に転換させていくか、が、ここでの課題となります。

課題解決の目標として筆頭に挙げられるのが教育への不安の解消です。
小学校までは良いのです。そこでは小規模校ならでは、の特色ある教育が実現されています。むしろ都会では望めない、のびのびとした環境がとても魅力的です。ところが、中学校、高校へと進学する時期になると、競争原理のはたらかない環境により不安の時期が来るようです。また教育を後押しするための周囲の経済力の低さも根深かく関わりあっているようです。もっとも移住して欲しい子育て世代が不安を感じるのはココです。

教育水準の問題は高学歴人口率との相関関係が世帯収入との相関関係を上回るという調査結果がでています。
さらに、東京では学力レベルが突発的にグンと上がる地域があるのですが、この背景には大規模高額マンションによる高学歴人口の大量流入があります。

しかし東京の場合も、結果的には中学校、高校へはかなりの数が区外の私立へと流出します。
つまり、教育への不安を取り去ったところでやはり島の外に出ていく動きは避けることができないといえるでしょう。
だからこそ、その後も親世帯は残留し、いったん島の外に出た子が戻って来られる環境を作るべきなのです。

そのためには、地域のアドバンテージを認識し、共感し、それを活かした賢い生き方の選択肢を幼時から理解し、発見し、共有する取り組みと、地域を離れずに生涯暮らし続けていける環境づくりが必要なのです。
一方、食の安心、安全、環境重視のライフスタイル等、離島のアドバンテージについて、むしろ高学歴世帯の理解が高いと読むことができます。
つまり、環境づくりのキーとして「高学歴住民を核としたネットワーク」と、それを実現するために地域の資源となる、高学歴人口の保護と流入をどのように後押し優遇するかがポイントになるように思います。

このまま日本の島々が居住放棄地となり続けていったとしたら、不法移民、不法占拠など、治安への不安が極めて深刻化する時がやって来るでしょう。
僕はこれまで離島の問題を地域振興、観光の問題と考えて来たところがありましたが、これはほんの入り口の部分に過ぎなかったことがなんとなくわかってきました。離島に人が住み続けられるように環境を整えることは、「争いを伴わない大切な防衛手段の一つである」ということがことの本質なのではないかと思い始めているのです。
このことは、佐渡で北に向けられたレーダー基地を見たときに感じた違和感から強く確信しました。
確かに五島列島の福江島北部にも自衛隊の管理地がありました。なんでこんなところに?と思ったけれど、最初はスルーしていました。
考え過ぎでしょうか?

僕は政治的な話は得意ではないので、これ以上はやめておきましょう。

さて、今年は小値賀島、野崎島、福江島、久賀島、そして佐渡ヶ島と、5島を巡りました。
すべての島で見えてくるのは、全く同じ課題に同時的に取り組む様子が見られることです。
これはとてももったいないことです。
今こそ全ての離島が一致団結して同じ目標に向かって進む時なのではないかと思います。
また、先ほど環境づくりのキーは「高学歴住民を核としたネットワーク」ではないかと申し上げましたが、高学歴住民は、永住させようとするとどうしても無理が生じます。渡り鳥のように定住せずに次々と居住環境を変えて行くライフスタイルを認めてあげなければいけません。
ですから、ここで「離島ネットワーク」が重要になるのではないかと思うのです。
離島ネットワーク内で人を循環させ、育てる取り組みです。
そのために国の予算を使うなら誰もクレームはつけないこととおもいます。

ここまで建築については何も語ってきませんでした。
しかし、人が集まれば文化(カルチャー)が生まれます。カルチャーが生まれれば自然に建築文化が生まれます。つまり、人が建築を生み出し育むのですから、先ず人が集まり交わることが重要なのです。

今年最後の離島行きは来月、鹿児島県の徳之島を予定しています。徳之島三町のうちのひとつ、伊仙町の大久保町長さんをはじめ、役場の方々との交わりも予定されています。
今年の夏前には、たまたま海外渡航の代わりとして思いついたツーリズムとしての離島巡りでしたが、最後は地域活性という大きな課題に辿り着きました。

徳之島訪問、今からとても楽しみです。


PS
ところで、こんなコラムを書いていたらこんな記事を見つけました。

政府は5日、国境にある有人離島を保全するため、住民の生活支援を話し合う有識者会議を開いた。政府は2017年度に有人離島を支援するため約50億円の交付金を創設し、島への往来にかかる運賃や、特産品などの輸送費の引き下げにつなげる方針を説明。会議の議論を踏まえ、政府は来年春にも有人離島保全の基本方針をまとめる。 2016/10/5 20:39 日本経済新聞電子版

ここで「国境にある有人離島」と限定されているところ、予感が的中していました。
もっとも、防衛予算約5兆円に対して50億ですからほんの僅か0.1%なのですね。

新年

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ばたばたとしているうちにもう一月もあと僅か。
たいへん遅くなりましたが、

あけましておめでとうございます。

今年はちょっと忙しい年になりそうです。
いま、港区内でかわいらしい規模の集合住宅を一棟設計しています。
昨年中に計画していた岩手県での集合住宅計画は雪解けを待っていよいよ工事に入ります。
また、近隣の医療施設の新築及び改修の計画にも参加していて、現在は計画前の構造調査を行っています。
改修では築40年以上になるコンクリート住宅の内外装にわたる改修を手がけています。
一方でしばらくさぼっていた家具デザインについても再開していきます。

今年も多くの方々に助けられながら、納得のいく仕事をするべく、背伸びせず、確実に進んでいきたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。

ページェント

毎年この時期になるとお世話になっている教会幼稚園のクリスマスページェントを観に行きます。
卒園を間近に控えた幼稚園の年長さんが皆で作り上げるキリスト降誕劇です。
教会行事として行うので、舞台は1917年(大正6年)9月に献堂式をおこなった礼拝堂です。
下の娘はそのまま通い続けていれば今年が出番となる年です。
だから、今日は入園時のお友達に久しぶりに合える日なのです。
僕が毎年、目をうるうるさせてしまうのは、9年前、長女がマリアを演じたときのことを思い出してしまうからです。

これが終わるとあっという間に本当のクリスマスがやってきます。

今日は家に帰ると上の娘が友達10人集まって家でクリスマスパーティをしています。
青春真っ盛りといった感じです。
僕と下の娘には帰っても居場所はありません。

子供たちは楽しんでいますが、僕はかなり焦ります。
ああ早く仕事をおさめておかないと。

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星いくつ?

20141208.jpg料理の美味い、不味い、は嗜好の問題なので、人によってその評価は180度異なる。
だから、嗜好の似ているもの同士ならある程度似通った評価をくだすことが出来るだろうけど、ジェネラルにとなると、とても難がある。
最近はレストランやホテル、全てポイント評価が付いていて、これまでのミシュランのように編集人による選ばれたものの中だけの話ではなくなり、拡散的かつ統計的に全てが順序付けられ、点数化されてしまう、という、かんがえてみれば、とても恐ろしい世の中になったものだ。

そんなことを言いながら、ひねくれ者の自分もお気に入りのお店の点数を時々チェックしては、「点数が伸びないのは世の中に迎合していない証拠。素晴らしい!」などと、余計なことを考えたりしている。

これは日本語表現の問題なのかも知れないけれど、食べたことないもの、経験したことのないもの、に対するネガティヴな反応を時おり耳にする。
例えば、あるレストランで食事をしたが、あそこは不味かった、最悪だった、とか。本当にあの国には美味しいものが無い、など。

僕は、「他には無い、そこでしか食べられない味」に魅せられる。
しかし、こうした味は意外に評価が低いものだ。

僕は、子供たちに言い聞かせていることがある。
初めて食べるもの、初めて食べる味、に対していきなり「不味い」というな。
慣れていない、口に合わない、は、君の問題なのだから。

生理的に吐きたくなるようなものでなければ冒険心を持って慣れてみよう。口に合わせてみよう。

きっとそれをご馳走として食べている人たちの気持ちになれれば美味しく味わえる筈だ、と。

さて、僕も空間を作る料理人だ。僕の料理が口に合わないと考えるひとがいても仕方ない。でも、一回で拒絶するのではなく、2度3度と試してみてからでも良いのではないか?
その間に徐々に美味しいと思ってもらえたとしたら、それは設計者冥利に尽きる。

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