桑原聡建築研究所

Satoshi Kuwahara Architectural Studio

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ひとりごと [ 121 entry ]

星いくつ?

20141208.jpg料理の美味い、不味い、は嗜好の問題なので、人によってその評価は180度異なる。
だから、嗜好の似ているもの同士ならある程度似通った評価をくだすことが出来るだろうけど、ジェネラルにとなると、とても難がある。
最近はレストランやホテル、全てポイント評価が付いていて、これまでのミシュランのように編集人による選ばれたものの中だけの話ではなくなり、拡散的かつ統計的に全てが順序付けられ、点数化されてしまう、という、かんがえてみれば、とても恐ろしい世の中になったものだ。

そんなことを言いながら、ひねくれ者の自分もお気に入りのお店の点数を時々チェックしては、「点数が伸びないのは世の中に迎合していない証拠。素晴らしい!」などと、余計なことを考えたりしている。

これは日本語表現の問題なのかも知れないけれど、食べたことないもの、経験したことのないもの、に対するネガティヴな反応を時おり耳にする。
例えば、あるレストランで食事をしたが、あそこは不味かった、最悪だった、とか。本当にあの国には美味しいものが無い、など。

僕は、「他には無い、そこでしか食べられない味」に魅せられる。
しかし、こうした味は意外に評価が低いものだ。

僕は、子供たちに言い聞かせていることがある。
初めて食べるもの、初めて食べる味、に対していきなり「不味い」というな。
慣れていない、口に合わない、は、君の問題なのだから。

生理的に吐きたくなるようなものでなければ冒険心を持って慣れてみよう。口に合わせてみよう。

きっとそれをご馳走として食べている人たちの気持ちになれれば美味しく味わえる筈だ、と。

さて、僕も空間を作る料理人だ。僕の料理が口に合わないと考えるひとがいても仕方ない。でも、一回で拒絶するのではなく、2度3度と試してみてからでも良いのではないか?
その間に徐々に美味しいと思ってもらえたとしたら、それは設計者冥利に尽きる。

続 超高齢化社会の新基軸

20141112-1.JPG20141112-2.JPG先日、超高齢化社会の新基軸と題してコラムを書いたけれど、実は、僕も50代半ばにはいって、運動不足なのか、加齢による運動能力の低下なのか、あるいはまたそれらの複合なのか、特に現場で「歳」を自覚させられるようになってきました。

工事現場でひょいっと飛び越えようとしたら根伐りの土手の縁でズリズリっと脚を滑らしそうに。。。
配筋をまたごうと脚を上げたところが、イメージしたより脚が充分に上がっておらず差し筋に引っかかり、おっとっと、と。。。
などなど。
少し前までは笑い話のネタのようだったのですが、最近は本人としては悔しいけどけっこ深刻です。
現場でこんなことしていたら本当に危険だからです。

まだ僕の現場は低い建物が多いから、ビルの上から真っ逆さまなんて心配は無いのですが、それでも用心するにこしたことはありません。

ある程度の現場なら来客用のヘルメットが用意されていたり、大きなところになると安全靴が用意されていたりもするけれども、小さな現場となるとそれらは何もありません。
だから、自分のことは自分で守ることになります。
一方で、なにごとも無理をしない、と自分に言い聞かせる必要もあります。

今日は軽井沢で木造軸組が終わり、内装工事に入った別荘現場のチェックをしてきました。
この現場の大工さんたちは皆さん僕よりずっと年上のベテランばかりです。
皆さん本当にタフです。

「モタさんの"言葉"」

20141105.jpg今日は朝テレビネタ。
毎週木曜日の早朝に再放送をしている、Eテレ「モタさんの"言葉"」より、
「最近では、人生60%ぐらいでもいいかな、と感じるようになっている」
人生80パーセント主義を標榜して生きてきた、精神科医・斎藤茂太さんの言葉だ。

僕には中学3年生になるお年頃の娘がいる。
よく言われるように、キレたり、口をきかなかったり、反抗したりする訳ではない。
しかし、学校の楽しい行事には全力で取り組むくせに、勉強となると今一歩。
頑張っている様子はこれっぽっちも見せない。
試験前といえば、いつも教科書に涎をたらしながら寝てばっかり。
制服のままテーブルに突っ伏して、あるいはソファーに横になって朝まで寝ているのだ。
あまりにもグータラしていて、遅刻の常習犯として担任の先生からも目を付けられている娘に、まあ当然のことながらキレたことが何度もある。
しかし、当の娘はそうしたところで一向に気にする気配がない。
言えば言うほどやらなくなる。
あきれるくらいの大物ぶり、である。
だから僕も何も言わないで見守ることに決めた。

この秋、そんな娘に少し変化の兆しが現れた。
先ず、遅刻が激しく減った。(まだ、ゼロではない、らしい。。。)
そして今まで速攻ゴミ箱行きだったと思われる採点済みの答案用紙を「どうだ」とばかりにもってきた。
その自信に満ちた表情ったら。

しかし娘よ、100点取ってもここは「まだまだ60点」と思う気持ちこそが大事なのだよ。

北の町のプロジェクト

僕は冬でも滅多にコートを着ない人です。
着ないというか、コートを着ようものなら汗だくになって却って後から冷えて嫌な思いをしてしまうので、着られないのです。
軽くて暖かで上質なコートが、似合う男になりたいのですが、寒そうで安っぽいペラペラなレインコートみたいなものをウィンドブレーカー代わりに羽織っています。
季節が一つ分、ズレているので、この秋の深まる季節になってやっと夏用のジャケットを羽織れるようになりました。
だから、それ以上ずれようがない夏は本当に大変なのです。
出来ればジャケットを着ないで済むように、フォーマルなパーティーは避けたいと思ったりもします。

20141104.JPGさて、今日は岩手県北部の山あいの町に出張です。
前日は雪がちらついたそうです。
さすがに東京とは10度以上異なりますので、例のペラペラのコートをバッグに忍ばせて向かいます。

こちらのプロジェクト、今から雪のシーズンがやってきますので、その間に部材の調達など、着工の準備を全て済ませておいて、来春雪解けとともに本格的な工事に入る予定です。

Molteni&C新作発表会、実は!

20141002.JPG今日は、Molteni&C(モルテー二)の新作発表会にいってきた。
これまでソファーは度々使ってきたが、この会社、収納家具が全売上げの過半を占めると言う。
一方、ソファーは全売上げの1/4を切るようだ。
そんなMolteni&Cの今回の新作展示には迫力の箱型収納がずらりと並ぶ。
見るからに組み立てが難しそうな自立型の間仕切り収納シリーズ「505」は建築の要素として魅力的だ。

その片隅でarflexの定番「A SOFA」が、ひっそりと新たな装いで展示されていた。
赤いパイピングにシルキーなグレイのファブリックが上質で魅力的な仕上がり。
僕が独立後最初の住宅に入れたのが、この「A SOFA」だ。

そういえば、今、突然気がついたのだけど、先月末で独立20周年。
何も特別お祝い事をしなかったけれど、ここまで支えていただいた、クライアントさんたち、協力していただいた職人さんたち、メーカーの担当者さんたち、数えきれないくらいたくさんの人たちを今夜一人一人思い巡りながら、密かに感謝したいと思います。
ありがとうございます。
そして、これからもまだまだよろしくお願い致します。

早起きはCEOの印?

アップルのCEO、ティム・クックも、スターバックスのCEO、ハワード・ショルツも、4時半に起きるという。
それどころか、今時の世界のCEOの早起きにはほとんど例外がないという。

20140930.jpg僕の場合は、早起きはCEOの印です、なんてカッコ良いセリフではなく、仕事と家庭の両立のためにどうしても早起きせざるを得ない派だ。
僕のiPhoneは、2時30分、4時、5時30分の3種類の目覚ましタイマーがセットされている。
その時の忙しさ、スケジュールの立て込み具合によってこの三つを使い分けるのだ。

夜、仕事が終わって事務所を出るのが、駐車場のゲートが閉まる時間ギリギリの20時。
自宅に帰り着くのが20時45分。
食事を味見程度につまんで、シッターさんを見送り、シャワーを浴びたらすぐにベッドに入って、必ず5歳の次女に絵本の読み聞かせをする。
読み終わったら即、イチニノサンで、カレシとカノジョのように寄り添って寝る。
これがだいたい22時くらいだ。
そこからワンセット90分として、ちょっと忙しい時は3セット、普通は4セット、疲れが溜まってきたなと思ったら5セットの3通りの睡眠時間を取るわけだ。

朝は5時45分から中学生の長女のために弁当を作り始めないといけないので、そこまでは僕だけの時間だ。
そして、6時15分になったら次女を起こす。
食事と会話の後、7時15分、保育園の開門と同時にウチから一軒隔てた保育園に送り出す。
その後、8時にゲートがオープンする事務所の契約駐車場へと向かうのだ。

事務所での12時間はどちらかというと作業の時間なので、クリエーティブはもっぱら早朝の時間に行うことになる。

実は、会社経営者だった僕の父も、夜のおつきあいをほとんどしない人だったので、朝、誰よりも早く7時に出社、夜7時には家族揃って食卓を囲む人だった。
だから、こんな暮らし方は僕には普通のことなのだ。

車の寿命、家の寿命

20140926.jpg現在の乗用車の平均使用年数は、12.58年/1台だそうです。
約40年前の平均は6.9年だったといいますから、この間でおよそ2倍に伸びているのですね。
アメリカでさえも昨年の統計によると11.3年だそうですから、世界的にのびているようです。
一方、カーセンサーが行った調査によると、1ユーザーが1台の車に新車購入から乗り続けた期間、つまり「所有年数」は、8.35年/1人だそうです。
平均使用年数との関係で見ると、1台の車は、新車登録から抹消登録までの期間の約66%を1ユーザーの元で過ごすようです。

保有期間が長くなった理由ですが、
A:車が丈夫になり、長期間の使用に十分な性能を維持できるようになったため。
B:景気の悪化により車の買い換え頻度が落ちたため。
C:エコの観点とともに車の趣味的な価値観が薄れ、道具化する中でメーカーのモデルチェンジのサイクルによる買い替え促進戦略が消費者から敬遠されてきたから。
とあります。
是非ここに、
D:デザインを評価する傾向で愛着が沸き、一度買った車を手放せない人が増えた。
という項目が加わって貰いたいものです。

僕はいま、半ば仕方なく2台の車を使っています。
もともとウチでは大人5人が普通に乗れるセダンタイプの車を使っていました。
けれども、それはもっぱらウチの奥さんが仕事で使うものだから、僕が使うには問題があったのです。
そこで、事務所を自宅から少し離れたところに移転した頃に、大人2人と小さな子供2人乗れれば充分な車を、僕が専用で使うために購入しました。
これは屋根が開く車なのだけれど、閉じれば普通の小さな車なので、仕事上使っていても支障はありません。
それらの車でこの10数年で合わせて20万キロ走りました。
セダンが13年で13万キロ、小さいのが12年で7万キロです。
両方とも平均使用年数に達していることになります。

2年前、ウチの奥さんが亡くなったとき、もうこれからは2台も必要ないな、と思いました。
葬儀を全て終えて帰宅するとき、そんなめちゃくちゃ現実的なことをあれやこれやと考えながら、僕は彼女が使っていた車を運転していました。
ところが、ウチまであと100mというところで、左足のクラッチが、、、あれ?、、、え?、、、ない!
みると本来、床上150ミリくらいのところに浮いていなければいけないクラッチペダルが床にペタッとくっ付いています。
ウチの車はどれもマニュアル車なので、クラッチが切れないことには走ることができないのです。
そのとき、持ち主を失った我が車が、「私を捨てないで」と言っているように聞こえました。
しかも、後ろから車で通りかかった、見るからに屈強そうなマッチョマンが、「僕が押しましょう!」と、ウチまでの緩い上り坂を、軽々と押してくれたのです。
別れ際、お礼を言うと、「いやあ、いいトレーニングになりましたよ~」とかいいながら、これからジムに行くのでちょうど良かった、と。
結局、それから何度か修理が必要な事態があったのですが、いまでも手放せずにいるのです。

一方、住宅も確実に寿命が延びつつあるように思えます。
国土交通省の建設白書によると、住宅の平均寿命は、アメリカで44年、イギリスで75年、日本ではまだ26年となっているようです。
しかし、現在手がけているいくつかの改修プロジェクトは、いずれも築40年~50年です。
僕としては、僕が生まれた1960年より後の(新しい)時代のものはきちんと直せば使い続けられるものでありたい、と、ひそかに願っているのです。

コラムを再開します

久しぶりのコラム更新です。
約2年にわたりお休みしてしまいました。
お伝えしたかったことは山ほどあったのですが、反省です。
再び少しずつ再開していきますのでどうぞよろしくお願いいたします。

この2年の間に建築費は恐ろしく高騰しています。
もともと震災復興需要で下がる気配が見つからない中での、オリンピック開催決定です。これらを見越した不動産開発投資は活況で、建設需要は高まる一方ですが、一方で建設労働者は全く不足しています。
僕はこれまで自分の見える範囲の仕事量しか手掛けていないので、好不況の影響を受けることはさほどではなかったのですが、建設費の高騰は大変困ります。
予算に合わない工事、クオリティを落とすことなく、いかにしてゴールに向かってゆくのか、そんな魔法みたいなことが望まれています。そこには設計を超えた手間と労力が注がれます。しかし、出来て当たり前、出来なければ、ゼロに転落です。
そこが悩ましいです。

20140825.jpg

そんな昨今、高齢者医療と高齢者居住のことが気になって仕方ありません。そんなお題を与えてくださるクライアントの方々に感謝。

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