桑原聡建築研究所

Satoshi Kuwahara Architectural Studio

  • 文字サイズ
  • 小
  • 中
  • 大

home

Column

ひとりごとのアーカイブ

Column

ひとりごと [ 121 entry ]

メトロノーム

まだ寝込んでいる妻に代わって娘をピアノ教室まで送って行った僕。
売り場でWittner のメトロノームをみてピピっと来た。
そういえばメトロノームをほしがっていたっけ。
木製のそれは 音も良いし形も奇麗。
こういう時は即、ゲット。

今日は誘われていた六本木、Mercedes-Benz ConnectionでのDesigner's Connection -Yell from Tokyo-にも参加できず、何だかしょんぼりした週末。
まあ、こんな衝動買いもよろしいかな。

20111104.jpg

「ぐり」と「ぐら」

子供の絵本のロングセラー「ぐりとぐら」。
長女もそうだったが次女もまたこれが大好き。
夜、寝る前に読み聞かせをする。
主人公は野ネズミの兄弟。
これがなかなかよくできた面白いキャラクターなのだ。
「ぐり」は論理的で時にネガティブ、しかしその発言には説得力がある。
対して「ぐら」は直感的でポジティブ、そしてどこまでも無邪気。
僕は「ぐら」、うちの奥さんは「ぐり」
そんな風に人間界も「ぐり派」と「ぐら派」にちゃんと分かれるようにできているのがミソ。
その「ぐり」と「ぐら」に並外れた身体能力を持ったウサギや海坊主、あるいは、ちょっと間抜けなクマが加わったりしてストーリーが展開する。
我々の場合にも並外れた身体能力や頭脳、生活習慣など、施主固有の状況によって建築のプログラムはいかようにも変化する。
設計者である我々はあくまでにひきの野ネズミのごとくすばしっこく歩き回る。
だから、僕が「ぐら」的であるとすると、事務所のスタッフは全員「ぐり」的でなければならないことになる。

20111103.jpg

石神井公園

石神井公園の実家の近くについ最近、SANAAの集合住宅が完成した。
既存の都市環境に複数の硝子の箱や屋根だけで出来た「場」をレイヤーとして挿入して透かしてみせる。
先日芝浦で見た建物では、それまで見える事の無かったビルの裏側の姿を借景としてそれらと混ざり合っている様が面白さと感じたが、石神井という中途半端な郊外で同じ事をやると何だか隣地にフツーに住まわれている方々に対してとても申し訳ない気分にさせられた。

まあ、僕がそんな気分になっても仕方ないのですが、、、

建物を見た後、石神井公園で娘と二人、ボート遊び。汗だくになって漕ぎました。

20111010-1.jpeg

運動不足

ここ3週間ほどコラム更新をさぼった。
これまで朝のジム通いはさぼってもコラムはあまりさぼることはなかったのだ、、、
いつもなら忙しくても仕事以外の自分の予定は変えることはなく、映画や美術展を観に行く時間は家族の時間とともに別勘定だったり、食事やショッピングもいつもと変わらず、そうしたときに忙しそうなそぶりは一切無し、というのが、僕のやり方だったのだ。

要因を考えると、やはり、体力が落ちた、のひと言に収斂できるのではないか?
だから、まずはジム通いを復活しよう。
連休が明ける明々後日から!

20110923.jpg

鉛筆削り

昨日は久しぶりに「ほぼ徹」をした。
結局午後からの打合せには打合せの15分前までギリギリ粘って資料を仕上げることになった。
移動の車中で簡単な食事をし、、、

実は昨晩、夜中、スケッチに着色しようと、用意した色鉛筆を削ろうとしたところ、鉛筆削りが壊れた。
別にいくつか鉛筆削りは持っているから代用で済ませればよいのに、忙しいときに限って余計なことに手を出す習性が僕にはある。
それから1時間ほどかけて鉛筆削りの情報収集をしまくった。
大体エンピツそのものが少なくなっているのだから鉛筆削りも種類は少ない。
それでもデザイン、機能のバランスを見ながらふるいにかけてゆく。
そして最後に気に入ったものを一点に絞り込み、ネットで決済。
商品は翌日には送られてくる。
しかし、この1時間があれば、、、
と、いつも後になって後悔するのだが、時々やってしまうのだ。

当然、翌朝、起きて来た妻から「それって今やること?」と、冷静なひと言。。。
はい、おっしゃる通りです。

20110712.JPG

「トホホ」な1日

今日は災難続きで、「トホホ」な1日だった。

20110624.jpg午前中の打合せを済ませて向かった先は熱帯魚屋さん。
現在取り組んでいる住宅で巨大な水槽を入れたいとのオーダー。
どうせならば建築と一体的に扱いたいと考え、まずは話を聞きにいった。
事務所からほど近いショップへは自転車が便利。
熱帯魚に癒されながら打ち合せを行ない、再び自転車で事務所へ戻る。
ここで最初の「トホホ」
歩道の脇で美しいブロンドの女性が携帯中。
思わず見とれて脇見運転。
と、そのとき目の前にサラリーマンがビルのエントランスから飛び出して来て、、、
怪我もなくお互い謝り合って、、、老人・子供・怖い人でなくてヨカッタ。

気をとり直して食事は馴染みのお店で。
仕事半分ゆったりと食べた。

その後別の打合せに。
事故による運転調整でゲキ混みの山手線。
ドドド〜と、後ろから押されて車内へ。
ん?何だか臭い!パリの歩道でフニャっとしたものを踏んづけてしまった時の臭いだ。
周りを見渡すと見るからに怪しい風情の小太りのお兄さん。
それも、僕の背中にぴたりとくっついている。
これはまずい、、、と周囲の白い目を気にせず奥へ奥へと避難。
周りからすると僕の方が見るからに怪しい。
だから今度は僕の周りにすっぽり空間が出来た。
満員電車にできるブラックホール。
酔っぱらいの多い時間にはよくあることだ。
しかし、電車が走り始めてしばらくすると今度は件の怪しいお兄さんの周りにブラックホール。
そうだそうだオレじゃないんだぞ、、、と、ひと安心。
疑いが晴れて無事打合せに合流。

ところがその打合せで様々な問題が発覚。
事務所に帰れば別なトラブルが同時多発的に発生。

本気で帰りにどこかへお参りして神頼みしたくなった日。
しかし設計とはそんな大波小波を乗り越えていくのがルール。
その先に美しく整った完成形が待っている。

主観と客観の狭間で 2

20110623-2.jpg今日も大学へ。
いつものように午前中の作業に追われてギリギリの移動だ。
駅で買ったお弁当を授業前の10分間で食べる。
今日は第二課題の中間提出を翌週に控えての重要な授業となる。

建築の学生は他学部の学生と比べて制作課題が多いため、時間的な拘束が半端ではない。
遊びたい盛りのこの時期に何日も徹夜しながらヘトヘトになって制作に没頭する。
提出した開放感でホッとしたのもつかの間、すぐに次の課題に悩まされることになる。
最初の課題でいい線いったものが案外つまずくのが第二課題だ。

しかしそうやって学校を出て社会に出て気が付くとすっかり建築漬になっていて、家族も巻き込んで生活のほとんどが建築と関わることになる。
常に建築を、環境を、社会を、ライフスタイルを、考えながら、自分に何ができるか、自分ならどうするか、イメージしながら生きることになる。
旅行といえばまずどんな建物が見られるか、どんな宿に泊まるか、どんな食べ物に出会えるか、そんな切り口で考えることになる。
食事もそうだし、住まいもそうだ。

そんな風に学生生活自体を捉えられるものは数少ないとは思うけれども、何らかのきっかけでそんな習慣を面倒とも思わず、辛いとも思わず、逆に「楽しい」と思えるような、そんな学生が多く育ってくれるといいなあ、と願う。

ところで、学生と接する時、僕は主観で話す。
現在、六名の教師でローテーションを組み、担当する学生が課題ごとに変わる。
学生たちは課題ごとに異なる人格の、異なった主観に接することになる。
クライアントと接する時とは全く逆なのだ。

主観と客観の狭間で

クライアントの方から「桑原さんはどのようにお考えですか?」という問いかけと、「桑原さんならどうしますか?」という問いかけをごっちゃ混ぜに受けることがある。
おそらく質問者はあまりその質問の違いを気に留めていないと思うが、こちらからすると大いに違っている。
前者はクライアントの立場で物事を整理した時にいくつかある自分の引き出しの中の最適な解を問われている。
それに対して後者は私個人の生活スタイルを問われている。
と、わたしは考えている。

私の場合は、、、と念には念を入れて私個人の合理的な意見で後者の質問に答えたところ、あとになって「桑原さんはそれ以外全てNGなんだ」と誤解を受けていたことが発覚する。
実はこれが地雷になっていることも多い。
そうした部分で「言ってもわかってもらえないだろう」という相当なストレスをクライアントはため続けることになるからだ。

ここで気をつけなければならないことが一つある。
過去の作品を見て気に入って依頼されるケースが多いから、そもそも「その作品の人格=私」という誤解が生まれているのも確かなことなのだ。

クライアントからすれば誰もが設計者の主観とデザインの客観性が一致することを望んでいる。
こちらとしてもそれは一番ハッピーである。
しかし、現実はやはりクライアントよりに引き出しを用意して歩み寄ってゆくことになる。
こうして私はクライアントの数だけ人格を用意することになる。

Prev 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 Next

Page Top