桑原聡建築研究所

Satoshi Kuwahara Architectural Studio

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ひとりごと [ 121 entry ]

サマータイム

メキシコでは4月の第1日曜からサマータイムが始まる。
通常、メキシコシティの日本との時差は15時間遅れだが、この日を境に14時間遅れとなる
今日、朝8時の飛行機でロスアンジェルスへ向かい帰国の途に着くわけだが、時間に気をつけないといけない。
つまり、朝8時は昨日までは7時だったことになるからだ。
8時のつもりでのんびり空港に向かうと飛行機に乗り遅れる、なんてコトにもなる。

このサマータイム、デイライト・セービング(Daylight Saving Time(DST) )という意味だそうで、「太陽光(自然光)を有効活用しよう」ということで使われているとのこと。
日照時間が長く暑さも厳しい時期は朝早く起きて仕事をはじめ、暑さがピークになる前にさっさと家に帰り家族の時間を過ごしてもらう。それでもまだまだ明るいから日も傾いた夕方からは街に繰り出し友人たちと一杯のビールでいつまでも盛り上がる。
日照時間の長さを利用して仕事も家庭もプライベートも充実させようというきわめて欲張りで人間的な仕組みだ。
ちなみにサマータイムを実施している国を地図上に青色で記すとこんなに多くの国と地域で実施されているのかと驚く。

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この夏の電力不足が予測される日本でもサマータイムについての議論がされているが、なにしろ、「朝早くから夜遅くまで」が当たり前の設計事務所、この夏、むしろ人間性回復の手だてとしてこうした仕組みを応用しても良いのかもと思った。

空間に滲み出るモノ

僕のデザインは自分でもよくわかっているが堅い。
ドイツのバウハウスが堅いと良くいわれるのと同じ感覚かもしれない。

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現在設計中の別荘。
フランスでインテリアを学んだクライアントはインテリアの「締め」として美しい曲線が登場することを望んでいる。
確かにル・コルビュジエ(Le Corbusier)の作品にもあちこちに柔らかな曲線が登場する。
物質 matière (マチエール)に対して精神、特に「フランス的精神」を意味するesprit(エスプリ)。
僕も永いこと忘れていたが、そんな曲線を考えていると、それは理屈でなくって「くせ」とか「性質」とか、手を動かすことから自然に滲み出てくる線であることを改めて認識するのだ。
そしてその曲線は人それぞれで全く異なった「柔らかい線」となって滲み出る。

実は今、僕はメキシコシティに来ていて、今日はLuis BarraganのCasa Luis Barragan、Jardín Ortegaの2作品を見て回った。
バラガンの建築には曲線は登場しないが、なのに実に温かく柔らかい内部空間を体験することができる。
また改めて書くけれども、各所に設けられた大きさや高さの異なる開口部は、一見何気なくみえるけれども実によく計算されている。
それらからは実にみごとな自然光が内部空間に滲み出ているのだ。
そうしたことは実際に体験してみないとわからないものだ。

現場係員も新人類

20110323.jpg最近現場であっと驚くようなことがあった。
施工図を渡されてチェックしようと三角スケールを当てると、あれっ?これノンスケール?
まだA2からA3にということならば頭の中で「70%縮小ね」とかなんとか言い聞かせてスケールを想像することができる。
しかし全くのノンスケールという施工図にここのところ3現場で同時多発的に出会っているのだ。
オートキャドといって現場でよく使われているキャドソフトは一枚の紙のサイズに入るように勝手に縮小して出力するように出来ているらしい。
僕が学生の頃、バイト先でそんなことでもしようものなら「ぶん殴られた」かもしれない。

今でも自分の事務所のスタッフがこんなことしたら「バッカヤロウ!」と叫んでいるが、こうなってくるとひょっとしたら僕が「昭和時代の生き残り+天然記念物」なのか、、、とも思えて来た。

明日から長期出張に出る。
いざというときにスタッフと対面でコミュニケーションするためにスカイプの設定をした。

「とりあえず、~」ではなくて「まず、~」で行動する

「とりあえず、~」で行動すると結局その後に続くべきものは忘れられ、先送りされ、肝心かなめは解決されぬまま、大きな罠にはまっていた、という結果が想像出来る。
「まず、~」で行動すること、とは、まだ見えていないけれども目標とする終局のデザインがあってそこへ向かって「収斂」させるために、今、何をするか、今、何をしておけば良いか、これを基準に行動するということなのだ。
そしてそのあとに必ず、「次に、~」という言葉が続かなければいけない。
そして「さらに、~」が続く。
これでは終わりがないように見えるが、デザインとはそういうものだとおもう。

今日はアタカケンタロウさんの「狭山ひかり幼稚園」を見に行くつもりでいた。
しかし、朝からの雨。
時期も時期なので慎重を期して外出を控えることにした。
「狭山ひかり幼稚園」、2004年から今日まで約7年をかけて低予算と戦いながら粘りに粘りぬいた設計者に脱帽。
機会があれば是非見学したい。

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「とりあえずぅ〜」

私が使用禁止したいことば。
「あれどうなったの?」と問いかけた私に対して「とりあえずぅ〜しておきました」と帰ってくる報告。
あるいは現場で「とりあえずぅ〜しておいてください」という指示。
近頃の若者の口癖がこのことば。
「とりあえず」のイントネーションが上下せずに尻上がりに「とりあえずぅ」となる言い方である。
しかし恐ろしいことにこうしたことばは伝染する。
自分も気がつかないうちに時々使っているようだ。

「とりあえず」のさきにはもっと優れた解決策や理想があるのだけれども現実的な回答は(不本意ながら)これです。という言い訳に聞こえる。
しかし現実に一分間に2発くらい乱発されるこのことばには(不本意ながら)という意識はなく、確信犯的で、「もっとよく考えろというけれども現実的にはいくら考えても時間の無駄だからこの辺で手を打とうじゃないか」と「お茶を濁す」言い回しに聞こえるのだ。

多分本人たちはそんなつもりで使っているのではなくて、むしろ連帯感情や連帯意識がそうした言い回しを生むのだと思う。
いわれた方も通常は共通言語として「なるほどなるほどそうだねえ」と受け止めている時代なのだろう。
そんなことを言っていると今度は、「クワハラさん、そんなこと言うのならじゃあ自分で答えを出して下さいよ。」とばかりに思考停止して待受け画面になられてしまう。
僕は僕で「う〜ん。う〜ん。」と唸りながら考えに考えてそれでも最適解が見つけられなくて、最後に、「じゃあ、とりあえず〜しておこうか、、、」と。。。

「とりあえず」あんな場所に配置されていた使用済み核燃料の巨大プールがまさかこんなに被害を拡大するとは「想定外」だった今回の原発事故。
そして「とりあえず」放水することしか手だてが見えない現実。
明日の日本を建設するために「とりあえず〜」ということばが撲滅することを願う。

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痛さというスケール感 寒さというスケール感

今日、若いスタッフがえらく時間をかけて悩み抜いて作った造成の土量算定の図面を見て驚いた。
その計算書はミリ単位のさらに小数点一桁まで計算されていた。
相手は土だぜ。
もしかして砂場で遊んだことないのかい?
僕は唖然として問う。
逆にセンチ単位であったとしても図面の通り土を均すのは至難の技だ。

今日の若者たちはパソコン相手にバーチャルな世界に入り浸ることで、スケール感を喪失している。
スケール感とはリアルな経験と記憶の積み重ねから備わる常識そのものともいうべきものなのだ。
そして全てのモノや事象には固有のスケールがある。
僕たちはそうした様々なスケールを使ってデザインしているのだ。

身体感覚を伴ったスケールでものを考えられる若者たちを育てること。
今の私にとって急務となるべきだ、、、

痛さがわかれば思いやりというスケールが、寒さがわかれば温もりというスケールが、飢えがわかれば美味しさというスケールが、育まれるのだ。
しあわせな住宅を、建築を、都市を、地球をデザインしようではないか。

今日の東京はぐっと冷え込んだ。
この寒さから三陸沿岸の寒さを想像する。
そこには想像を絶する世界がある。

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お誕生日

今日は51回目の誕生日だ。
帰宅してからひっそりと家族からお祝いしてもらう。

20110315.JPG今日現場へ向かう道で見つけた梅の花。
きれいに咲いていたので写真に撮った。
今日の天気予報は雨。
この可憐な花ももうしばらくすると放射線を含んだ雨に汚染されるのだろうか。
なんとも切ない気分で見上げた。
「ブレードランナー」の世界よろしく、まだ雨が降っていない街でも傘をさして歩く人の姿が見られた。

ちいさな娘の笑顔に癒されて

20110314.jpg先週末、水と保存食がスーパーマーケットの棚から消えた。
トイレットペーパーもおむつも消えた。
明日には都内からガソリンがなくなるといわれている。
連鎖的に相当深刻な事態になるのは間違いない。
被災した方々の気持ちを考えたら取るに足らないことだ。
しかし、これはもはや太平洋沿岸地域だけのはなしではない。

一方で粛々と設計は進む。
しかし、いまのところ工事中の現場が順調に動く可能性はきわめて少ないだろう。
さてここで何を成すべきなのか?
今日は穏やかで暖かな一日だったが、深刻さを増す現実と向き合うのに精一杯だった。
そのようななか、夕方事務所にやってきたちいさな娘の笑顔に癒された。

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