桑原聡建築研究所

Satoshi Kuwahara Architectural Studio

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映画のアーカイブ

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映画 [ 21 entry ]

映画二題

映画を二本観た。

アルゼンチン映画「人生スイッチ」
6つのショートストーリーが全て、想像ではあり得るけど絶対にあってはならない展開の連鎖。これをブラックユーモアというにはあまりにも肉食系なそのやり取りに平和な草食系日本人にはとても理解できない溝を感じた。
着眼点に興味を持って観に行ったけど、今回は完全に空振り。まあ、たまにはそういうこともあるさ。

20150906.jpg

そして、気を取り直して「あん」
僕の中では珍しく今回は邦画だ。
今年、河瀬直美監督がドリアン助川の同名の小説をもとに映画化した。

映画の舞台は、僕が育った西武線沿線。
それぞれが社会的弱者として生きる三人が交錯するのは、東京郊外のよくある風景。
しかも都市的に俯瞰してみると、どこか疎外感を感じる風景だ。
そこは、地方へと繋がるシェルターで覆われた高速道路と、都会へと繋がる私鉄電車が行き交う場所である。
武蔵野の森の中にひっそり佇むハンセン病療養所という、隔離されたコミュニティもそうだし、マンモス団地の風景もまた、どことなくそんな隔離されたコミュニティに重ねあわせて見えてくる。
しかし、そんなコミュニティが、意外に居心地の良さを醸し出していたりするところが、この映画に描かれた平凡な郊外の風景に活き活きとした力を与えはじめる。
むしろコミュニケーションが、いっさいない一人暮らしのアパートや、マンションこそが、隔離そのもの、のように見えてくるのだ。

満開の桜、そして時間と手間をかけて丹念につくられた餡をくるんだ一つ120円のどら焼き、そして餡をこしらえるためのハンドメイドの道具たち。
日本の美しさがこのような典型的な郊外の街にあってもなお、瑞々しく描かれていくことに引き込まれた。

セバスチャン・サルガド「The Salt of the Earth」

20150828.jpgビム・ベンダース監督がブラジル出身の写真家セバスチャン・サルガドを撮った「The Salt of the Earth」(原題 Le sel de la terre)を観た。
邦題は「セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター」
邦題からすると何か「ガイア・シンフォニー」のような映画かと思われてしまいそうだが、それは全く違う。

この映画、現在、渋谷東急文化村、ル・シネマにて上映中。
さすがにビム・ベンダースのドキュメンタリー映画はドキュメンタリーを超えた物語になる。
「リスボン・ストーリー」「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」「Pina ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち」と、彼が手がけたドキュメンタリーの数は多い。

セバスチャン・サルガドの人生は、
第一章 バベルの塔を逆さにして地獄へと掘り進むかのごとき金鉱の採掘現場にあって、それでもなお夢を追う群衆に人の生の証を見る。
第二章 紛争地域という地球上で最も過酷な生き地獄に身を投じるが、それでもなおそこにある母と子の絆に救いを見る。
第三章 現代文明から遠く離れ伝承をまもり、いまなお生き残る少数民族、あるいは地球の果てで生きる動物の群れに人類と地球のユートピアを見る。
この三楽章で綴られていく。

永遠の時間を感じるモノクロームの超現実的な静止画像が映し出され、そこにその激しい現実に立ち会ったカメラマン本人の静かな言葉が重なる。
すると静止画像はスローモーション映像のように少しずつ動き始めたような錯覚にとらわれる。
途端に観客である僕たちは物凄い臨場感に包まれるのだ。
そして最終章では大きく安らぎに満ちた空気を吸うことになる。
すごいドキュメンタリー映画だなと思った。

そのとき、ビム・べンダースのドキュメンタリー映画は取材の足跡が1本の線を紡ぎながらもうひとつの物語を作り出すロードムービーなのだと理解した。

ちなみに原題となっている「Le sel de la terre(地の塩)」だが、マタイによる福音書5章13節からの引用で「あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである。」とある。
つまり、汚れを清め、腐敗を免れる塩の役目を担う人々がそこにあってこそ、この世の中が救われる。と解釈して良いだろうか。

『ハッピー・リトル・アイランド 』

20141108.jpgドキュメンタリー映画『ハッピー・リトル・アイランド ―長寿で豊かな ギリシャの島で―』を観た。


ギリシャの離島、イカリア島。
この島の住人は世界のどこよりも長生きで幸せと言われ、「死ぬことを忘れた人々が住む島」として世界的に有名なのだそうだ。


80歳のおじいちゃんが「仕事で体は疲れるが、心は疲れない。好きな仕事だからね。」と語り、

94歳のおばあちゃんが「人生を楽しめないなら死んだ方がましよ」と語る。

このイカリア島の長寿の秘密について、アテネ大学主催の医学会議での発表によると、

・食卓:特に魚介類、果物、野菜、豆類、そしてお茶

・昼寝の習慣
・歩行から農作業に至る日常的な運動
・家族の絆
・少ないストレス
・良好な交友関係
・頻繁な近所付き合いと地元の催事への参加
・高い教育レベル
なのだそうだ。

しかし、一方では、いまギリシャは深刻な金融危機。
失業率が30%に迫り、特に若年層では60%近いという状況だ。
荒廃した首都アテネに見切りを付けて、地方へ、世界へと散っていったものたち同様、この島にIターンでやって来た若者たちもそれぞれ苦労している。
そんな彼らも、一人で全てをやろうとすると壁にぶち当たってしまうのだけど、「助け合い」その結果として「分け合う」ことを学び、未来が開けていく。
そうなると、この島自体がある種のコミューン(自治的共同体)として活きているから、とたんに日々の暮らしが楽しく豊かになる。

日本にもこうした場所がまだまだたくさんあると思う。
僕もできるだけ近い将来、東京を抜け出したい。
しかし、こうしてランチのついでにふらっと映画を観にいける生活もとても捨てがたいのだ。

そしてまた、今、取り組んでいるいくつかの共同住宅のあり方と重ねて頷きながら観てしまいました。

リスボンに誘われて

20141101.jpgビレ・アウグスト監督の「リスボンに誘われて」を観た。
舞台は僕の大好きな街、リスボン。
リスボンを舞台にした映画作品ではアラン・タネールの「白い町で」が僕のイチオシだ。
スイス人の船乗りが、このヨーロッパ大陸西の果ての街を彷徨いながら8ミリカメラを回す。
ヴィム・ヴェンダースの「ことの次第」や「リスボン物語」でも、この街はどこか懐かしくも切ない街の表情をみせていた。

さて、今回の「リスボンに誘われて」

偶然の巡り合わせから手にした一冊の本。
これを手にしたのは初老の教師。
吸い寄せられるように夜行列車に飛び乗ってリスボンにやってくる。
そしてこの本に登場する著者とその家族、友人たちを尋ねていく。
彼らはサラザール独裁政権下でレジスタンスとしてともに活動した仲間たちだ。
口を固く閉ざしながら今を生きる彼らにその重い口を開かせ、自らの心と同調させながら著者が残した過去の謎を解き明かしていく。
これは、レジスタンスとして革命の時期を過ごした著者の書き残した「今」を頼りに、自らの「今」を解き明かす内なる旅となる。
どこか寂しげなヨーロッパ大陸の西の果ての街の風景は、そんな旅人の心に同調した観客の心にジワジワと滲み入ってくる。

ところで、この映画の背景にはポルトガルの無血革命「カーネーション革命」がある。
ポルトガルの建築家アルヴァロ・シザもサラザール独裁政権下のこの時期、建築の仕事はほとんどなかったという。

「ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」

20140913.jpgジャンフランコ・ロージ監督、映画「ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」を観てきた。

2013年の第70回ベネチア国際映画祭で、ドキュメンタリーでは史上初の金獅子賞を受賞した作品だ。
イタリアの首都ローマを囲む環状高速道路、GRA周辺部に住む人々の暮らしをカメラは生々しく、かつ、自然体で捕らえている。
というのも、監督は、被写体となるひとりひとりと、何カ月も行動を共にして、親密な信頼関係を築いたのちに、カメラを回すことで、これらの映像を生々しく捉えることに成功したのだそうだ。
このあたり、ペドロ・コスタ「ヴァンダの部屋」と重なる。

先日観た、「グレートビューティ追憶のローマ」はローマの城壁の外側の貴族の館が点在するなかば公園のような美しい場所。
しかし、こちらはローマという人口260万人を抱える巨大都市のエッジだ。

片側3車線の高速道路が、一日中絶えることのない騒音とともに、本来環境が良いはずの緑豊かな地域を完全に引き裂いている。
また、頭上を低空飛行するジェット機の爆音に会話も途切れる。
ここに集う人々はどことなく無国籍でアウトローな人々だ。

実はこうした場所は、世界中どこにでもあって、現在の都市計画の失敗としか思えないような、無表情で無国籍な都市景観を形成しているのだ。

それでも、ここで暮らす人々はこの場所でしたたかに生きていた。

「グレート・ビューティー 追憶のローマ」

20140906-1.JPEG20140906-2.JPEG20140906-3.JPEG20140906-4.JPEG20140906-5.JPEG今日は旅行記をちょっと休んで映画の話題。

パオロ・ソレンティーノ監督の「グレート・ビューティー 追憶のローマ」(La Grande Bellezza)を観て来た。

この映画、『ライフ・イズ・ビューティフル』以来、イタリア映画としては15年ぶりとなるアカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞した映画なのだだそうだ。

コロッセオを眼下におさめる大きなテラスを持つ自宅アパートメントでパーティー三昧の主人公はセレブな初老の紳士。
映像には緑豊かなローマがたくさん出てきて、この街の美しさを大きく引き出している。
テヴェレ川の穏やかで緩やかな流れが森のなかからいきなり歴史地区に注ぎ込むシーン、そんなカメラワークには特に「永遠の都」ローマといわれるにふさわしい悠久の時間を感じさせられた。
豊かな自然、歴史、そして過去から続く退廃的で享楽的な貴族的生活が妙に融け合っている。

レンタル貴族を借りてきてでも見栄を張るパーティ。
自分の仕事は「お金持ち」と答える独身女性、などなど。
僕にはとても耐えられそうにない、気の抜けない暮らしだけれど、人生の終盤戦を楽しむ人たちがこんなにも輝いているのは素敵なことです。

いつもながら感心するのですが、今日も文化村「ル・シネマ」は60歳以上のシニアチケットを買う女性たちで満席。
このヴィヴィッドなカラージャケットを着こなすオシャレな主人公のジェップをお手本に、是非、人生をエンジョイしていただきたいものです。

ところで、主演のトニ・セルヴィッロ、お爺ちゃんだと思って調べたら何と僕と同じ歳。
え~っ!そういうことだったの?

映画「ハート&クラフト」

20120615-1.jpegエルメスが制作した映画「ハート&クラフト」
今日が最終日だという。
そこで、打合せと打合せの間に無理矢理時間を作って観に行ってきた。

1837年、パリの馬具工房として誕生したエルメス。
パリ、アルデンヌ地方、リヨン地方、そしてロレーヌ地方。四つの場所にあるエルメスの工房へとカメラは巡る。
世界中から集められた職人たちが、自然豊かな広大なアトリエで静かに作業に集中する姿そのものが優雅で美しい。
何より驚くのは職人達の口から出てくる言葉がとても詩的なのだ。
非常に高い美意識を持って仕事に取り組んでいることが伝わってくる。

焦って観たけれど、7月に再映が決まったそうだ。見逃した人は是非。

映画「サンザシの樹の下で」

チャン・イーモウ監督の「サンザシの樹の下で」を見た。
主演に抜擢されたのは「チョウ・ドンユィ」という新人女優。
観ていて心配になるくらいのあどけない表情を持つ。
そんな彼女に思わず引込まれてしまった。
ロケ地となった湖北省、遠安県の農村風景もこの上なく美しい。

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