桑原聡建築研究所

Satoshi Kuwahara Architectural Studio

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日々のことのアーカイブ

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日々のこと [ 67 entry ]

2016 年始のご挨拶

20160105.jpgあけましておめでとうごさいます。

昨年暮れ、今シーズンのスキー初滑りの際に、小一の娘が骨折し、年末年始の旅行は全てキャンセル。自宅で安静に過ごすこととなってしまいました。
年末年始の医師の都合もあり、手術は10日待っての正月休み明けとなるため、未だ、なすすべなく自宅に籠っております。

昨年は、仕事でもプライベートでも、彼方此方へ出掛け、随分慌ただしい一年を過ごしてまいりました。
今年も、それなりに移動の多い年になりそうで、まだまだ精力的に動いて参ります。
現在、岩手県の八幡平で手がけている、高齢者居住のプロジェクトが第二ステージに入り、隣接する病院の建て替えが、今春着工を目指して前進します。
私は微力ながらも、デザインディレクションに関わっております。
空間から発信されるコミュニケーションが、地域に放たれることの手応えと面白さ。
さらにそれにより、地域で何かが芽生え、人々の中に化学反応のように変化が起きてくれたら、という思いと期待に胸が膨らみます。

この年末年始、何処にも行かずに自宅に籠って読書三昧となりました。
面白いもので、読書をしていると、自分の生き方について俯瞰するような視点が芽生えます。
暫し立ち止まって俯瞰し、また再び地上を走り始めるような、そんな年始の気分も得難いものです。

人と人の出会いや繋がりには、若い時にはよくわからなかった、摩訶不思議な引力が作用しています。
建築家は、そのような引力を自身とは別に、いくつでも形にして可視化させることができる、ということが強みです。
そんなことを意識し、また、その責任の大きさを感じながら、ことし、より一層、自分の持つ引力を空間に定着させ、結実させてまいりたいと思っております。

どうぞ、本年もよろしくお願いいたします。

高尾にて

20151119-1.jpg八王子の目白台という駅からさらにバスで10分程のところで鉄筋コンクリート造の住宅の改修を行なっている。
約5ヶ月の工期で躯体だけを残して後は完全にやり替えると言う大掛かりな工事である。
週に一度は現場にいくのであるが、同じ東京とはいえ、なかなかに遠隔地である。
朝行ったら帰りはもう日が傾いているということが良くある。
ちょっと前に高尾山に娘を連れていって来たが、その高尾山は目と鼻の先。
ならば、せっかく現場にいくなら朝早くに行って帰りに紅葉盛りの自然を少しだけ見ながら食事でもして帰ろうと、いくつかお店をピックアップして順次訪れてみることにした。

今日は自然の中という訳ではないが、一駅先の高尾にある、うなぎと釜飯のうまい店へ。
つい最近デイライトキッチンのオーナーに教えてもらったお店だ。
この辺り、平日のランチ時、どこもそうなのだがとにかく高齢者が多い。
僕が入店した時は、おばあさんと娘二人の3人連れ、脚の不自由な高齢女性一人、車椅子で来店した男女2人連れ、の計3組が料理の運ばれてくるのを待っていた。
僕はホタテの釜飯を注文。
20151119-2.jpg炊上るまでの20分、本を読みながら待っていると、周りの会話がいやでも聞こえてくる。
3人連れはおそらく最近おじいさんが施設に入ったのであろう。
しきりにおじいさんのボケの話をしている。
銀行にでも勤めていたのだろうか、昔は数字に強かったおじいさんがすっかり数字に弱くなって間違った主張をするので困っていると言う。
そうしたおじいさんに対して、頭にきたり、叱ったりする様子がリアルに話題にあがっていた。
お一人さんのおばあさんは40年前に息子さんを亡くし、息子さんと度々来店したこの店に今も時々来ていると語る。そして、家族から車を運転することを禁じられ、電車を乗り継いでくるのだが、いつまでここに来ることができるのかと嘆いている。
そして最後のお2人さん。
おばあさんは車椅子。
もう一人はお孫さんと見えた。
アイドル青年のようにやや長めの髪にウェーブをつくっているが、少しふっくらしており昔イケメン風である。
でも、かいがいしくおばあさんのお世話をしてここまできているとはと、感心して見ていた。
ところが最後の会計のときにわかったのだが、彼は介護スタッフなのである。
おばあさんが介護スタッフを伴って食事にきていた訳だ。
約5000円のランチ代はおばあさんのお財布から支払われ、楽しそうにお店を出て行った。
ギブアンドテイクの関係という訳だろう。

映画のワンシーンのように、静かに人生について語りかけてくる、穏やかな平日のランチだった。

出張の楽しみ

月に二度の岩手出張。
朝6時過ぎに家を出て夜9時に帰宅する。
なかなかハードな日帰り出張だが、現場が着々と出来上がっていく様子を見る楽しみに加えてもうひとつ楽しみにしていることがある。

20150919.jpgそれは地元ならではの食材と出会うことだ。
現場の近くの売店に立ち寄ることもあれば、時間がないときは盛岡駅の新幹線改札口の前に出る売店で適当に手に入れる。
これらの売店は行く時々で売り物が全く違う。
いつも同じものを売っているスーパーに慣れてしまっている僕たちにとってはとても新鮮で季節感満載なのだ。

二週間前はトウモロコシを買った。
ほかにはぶどうがたくさん並んでいたけれど、それ以外目立った売り物はなかった。

しかし、昨日は様子が全く違って、あふれるほどのキノコが山盛りに並んでいた。
もちろん岩手県産の天然物ばかり。
松茸、香たけ、ぼりたけ、本しめじ、ほおきたけ、それに、きのこじゃないけど、みずのこぶ。
今年は茸の収穫が早いらしい。

値段が手頃で、かつ、東京では手に入れられない珍しいものばかりを選び、レジ袋一杯買い込んで新幹線に飛び乗った。

映画二題

映画を二本観た。

アルゼンチン映画「人生スイッチ」
6つのショートストーリーが全て、想像ではあり得るけど絶対にあってはならない展開の連鎖。これをブラックユーモアというにはあまりにも肉食系なそのやり取りに平和な草食系日本人にはとても理解できない溝を感じた。
着眼点に興味を持って観に行ったけど、今回は完全に空振り。まあ、たまにはそういうこともあるさ。

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そして、気を取り直して「あん」
僕の中では珍しく今回は邦画だ。
今年、河瀬直美監督がドリアン助川の同名の小説をもとに映画化した。

映画の舞台は、僕が育った西武線沿線。
それぞれが社会的弱者として生きる三人が交錯するのは、東京郊外のよくある風景。
しかも都市的に俯瞰してみると、どこか疎外感を感じる風景だ。
そこは、地方へと繋がるシェルターで覆われた高速道路と、都会へと繋がる私鉄電車が行き交う場所である。
武蔵野の森の中にひっそり佇むハンセン病療養所という、隔離されたコミュニティもそうだし、マンモス団地の風景もまた、どことなくそんな隔離されたコミュニティに重ねあわせて見えてくる。
しかし、そんなコミュニティが、意外に居心地の良さを醸し出していたりするところが、この映画に描かれた平凡な郊外の風景に活き活きとした力を与えはじめる。
むしろコミュニケーションが、いっさいない一人暮らしのアパートや、マンションこそが、隔離そのもの、のように見えてくるのだ。

満開の桜、そして時間と手間をかけて丹念につくられた餡をくるんだ一つ120円のどら焼き、そして餡をこしらえるためのハンドメイドの道具たち。
日本の美しさがこのような典型的な郊外の街にあってもなお、瑞々しく描かれていくことに引き込まれた。

夏本番の土曜日に

最後のブログから5ヶ月が過ぎ、二人の娘は無事、高校生と小学生になりました。
この間忙しさを理由にコラムの更新をさぼっておりました。
気がつくともうすぐ夏休み。

今日は土曜日ですが小学校から帰宅した下の娘を伴って午後出勤です。
打ち合わせテーブルでは何やら工作を楽しんでいる模様。
テーブルにおいてある模型は来週のプレゼンで使う大切な模型だから気をつけてね。
まあそんなことを言わなくても私の娘だもの、よ〜く、わかっています。

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私はその間に遅れ気味な仕事上の指示を出すためのスタディーをしなければいけません。
今の私の事務所には設計業務を行なうスタッフ一名、家具など什器備品を扱う共同経営者一名、そして主に模型を作りに夜だけ来てくれている元スタッフ、それにメールで図面のやりとりをする外部協力者がいます。
それぞれに指示を出すのは私の役割なので、私の動きが止まることで、生産性はがくりと落ちてしまいます。
普段は夜中にチェックしたスタッフの図面や模型写真に対して自宅のパソコンで加筆修正してメールで指示を出すのですが、なんとここ1週間、自宅のパソコンがご機嫌斜めなのです。

今手がけているものは、住宅、集合住宅、テナントビルに加えて、高齢者集合住宅、リハビリ病院といった医療、福祉の分野も含まれています。
特に病院となるとその分野のスペシャリストが存在しますので、設計は専門の事務所に頭をとってもらい、その中で意匠デザインを主に分担して受け持っていくことにしています。
意匠デザインと言っても私の普段の仕事の仕方では意匠デザインのために構造、設備、電気の計画にも大きく影響を及ぼすことになるので、調整はなかなか大変な作業となります。
一方でそうした調整のために、ある一定の「逃げ」を設けておく、というのがこの業界の通例なのですが、私にはこの「逃げ」という言葉に未だになじめません。かつて先輩から、経験を積んだ設計者は「逃げ」がうまいのだぞ、などと大人ぶった言い方で説教されたことがある。けれども僕は極度の貧乏性なものでそんな勿体ないことはできません。
配管一本通すのにどこに置いたら一番内部への影響が少なくて済むか、合理的か、など検討しながら1センチ単位で調整しています。
だからいつも自らを苦しめ追い込むようなことをわざわざしているのです。
やっとできた完璧と思われた設計図書が一瞬にして施工不能に陥ったり、法的に抵触したりすることもあります。
そんな時はまたふりだしに戻って一からやり直します。
スタッフを含め、巻き込まれた関係者は大変だと思います。
しかしこうしてきめ細やかに造られた建物には必ず喜んでくださる利用者の方々がいらっしゃる筈です。このことを思うとやはり大切なことだと信じて疑いません。

だから協働事務所がお休みの今日も事務所でせっせとスタディーをしております。

モロッコ−最終回 雄大なランドスケープ

南部モロッコの雄大な風景には圧倒されます。
自然の力強さを感じる風景ですが、砂嵐と灼熱、そして凍てつくような冬の夜の寒さを考えると実際もの凄く過酷な環境です。
そんな過酷な環境でモロッコの人々は機械や車、電化製品といった便利なものに頼ることなく力強く暮らしていました。
最後にそんな風景をお届けします。

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モロッコ−13 南部モロッコの空間

南部モロッコでは建築空間も都市空間もどこもかしこも「細長い」のが特徴です。
泊まったホテルの部屋はどこも出入口から見て奥行き3メートル弱×幅12メートルくらいありました。
幅12メートルは中庭の寸法と同調します。
これで約36平方メートル。
ホテルの客室としてはそれほど小さくはないと思いますが、慣れないプロポーションに最初は戸惑いを覚えました。
これはスパンを決定する横架材である椰子の木の材料寸法から来ています。
横架材を架け渡す二枚の壁は日干しレンガ積みに土塗り壁とした厚さ約40センチの壁です。
壁にはいくつかの穴が開けられていますが、出入り口に加えて必要最小限の採光用の開口が穿たれているだけです。
この壁は回の字型に巡り中庭を形成します。
建物が大きくなると回の字がいくつも反復して現れて拡張していきます。
クサルと呼ばれる集落を形成するようになると居住単位である回の字と回の字の間にまた幅3メートル弱の隙間が路地空間として現れます。
回の字が基本的に直交座標系で構成されているために、隙間に発生する路地空間は直線です。
しかし密度の高いクサルでは路地上部を室内空間として利用することが多いので路地はほぼ正方形のプロポーションでトンネルを形成することが多くなります。
ところどころ上部に吹き抜けたところからは強烈な光が注ぎます。
そして、直線の路地はどこかで必ず壁に突き当たります。
Tの字に分岐している場合は右も左も同じような風景が続いています。
変化による手がかりが少ないので次第に方向がわからなくなってくるのです。
また、見知らぬ街にたどり着いた異邦人の気持ちで考えると、これはいつ路地上から攻撃されてもおかしくない状況です。
外部者はこの、上から知らず知らずのうちに見下ろされている迷路の中、両手を上げて裸同然で歩くことになると思われます。
そんな防御の形が南部モロッコの空間の原理だと理解できます。

そうやって徐々に体を慣らしていくと次第に最初に感じた違和感は薄れてゆき、細長い空間に意外な心地よさを発見し始めます。
伝統的な中庭型の住居(リヤド)やカスバ(城)を改修したホテルでは細長い空間が連続する幅の広い廊下のような空間のあちこちに小さな居心地の良い空間が用意されています。
そこで食事をとっても良いし、お茶をしても良い。
また読書をするも良いし、瞑想するも良い。

細長い空間が連続していくときに交互に現れる壁をくぐるところが結節点として重要なデザインのポイントとなります。
手をかけた建築ではそうした場所が常に美しく複雑な形のアーチで縁取られています。
連続したトンネルの先に様々なアーチが背後に光をたたえて連続していくさまは優美なものです。

サロン型の欧米の住宅とは明らかに異なる線的な空間体験からは多くの言葉を語りかけられました。
そうです。
僕たち日本人の伝統的な住まいにはこうした小さな空間が雁行しながら連続してゆく形式はむしろ多いわけです。
旅の後半、心地よさを感じ始めた理由はそうしたところにあったのかもしれません。

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モロッコ−12 お買い物

モロッコ最大のエクスカーションといっても良いのがお買い物です。
商品を手にしたらバーコードで料金清算、なんていう味気ないお店はごくごく一部のスーパーマーケットのみです。
定価はないから、売る人、買う人、それぞれの交渉と意気込みで値段が決まる仕組みです。
気に入った商品を前にして、お店の床に敷かれた絨毯の上にどっかり座り込み、嘘か本当かわからないようなウンチクを聞き、ミントティーを2杯3杯と勧められ、もてなしを受けなければいけません。
そして最後はお互いに、「お前は俺の大切な友達だ」を連呼しながら握手して現金と商品を交換するのです。

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全てがこれだから最初はとても疲れるのだけれど、慣れてくると商品を買う事そのものがすごく楽しいものになってきます。
この、「お買い物の過程を楽しむ」という価値観はどこか「設計や工事の過程を楽しまないと損だよ」と言いたい僕たちの設計作業に似ていますね。

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