桑原聡建築研究所

Satoshi Kuwahara Architectural Studio

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日々のことのアーカイブ

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日々のこと [ 69 entry ]

南イタリア8

チステルニーノ
Cisternino

20140918-1.jpegこの丘陵都市は、極めて小さなスケールの旧市街が特徴的です。
城門からして小さくかわいらしいのです。
これらはまるで住宅の玄関のようなサイズです。
なんと、公共空間でありながらそこには暖炉まであります。
元は住宅のサロンだった場所が、その後の必要性により城門化されたのかもしれません。
それらは、住宅の一部分と都市が噛み合う大変興味深い場所です。
また、あちらこちらで見かけるのが、踊り場なのかテラスなのかよくわからないような小さな外部空間です。
そうしたちいさな外部空間が、路地に挿入され、重層しています。
そして、こんな小さなスペースであっても、鉢植えを置いてチェアや小さなテーブルを置いて楽しむことを忘れてはいません。

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ここは『街並みの美学』(岩波書店)で都市景観を論じた、建築家 芦原義信が絶賛し、家族を連れて度々通った都市だったといいます。

さて、僕たちは次の滞在都市、レッチェに向かう途中にここに立ち寄っていたことをすっかり忘れてしまいました。
時計を見ると、なんと宿の管理人と待ち合わせをした時間をとっくに過ぎているではありませんか。
まあ、しかし、「イタリア時間」という言葉が昔からあるように、大丈夫。
人生の、いやこの歴史の中の数時間、たいしたことではありません。
僕たちはこの街でとても良い時間を過ごせたのですから。

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南イタリア7

オストゥニ
Ostuni

20140916-1.JPG20140916-2.JPG20140916-3.JPG今更ながら南イタリアには、高密集住の全ての要素があると思いました。
特にここ、オストゥニは素晴らしかったです。
我々は道があって動線を考えて行きますが、ここではまずボリュームがあって、その隙間が道であり動線であるという基本が違います。
集住の基本は、隙間をどれだけ豊かにするかということなのです。
で、その隙間は、直交座標系の幾何学から外れていくからこそ境界が曖昧になり、そこに暮らしがはみ出すことによって豊かさが生じます。
その隙間に個別性が生じるからです。
この豊かさを見ると、僕は今すぐ幾何学を放棄したくなります。

この街は、山頂の大聖堂を中心に、小さな隙間を作りながら環状に拡張してゆきます。
これは山岳都市の基本構成です。
そこでは、裾野の位置の調整で、繁栄の時代と衰退の時代とが交互に現れても対応できていました。
オストゥニでは多くのイタリアの都市と同様に、18から19世紀に隣接して新市街を建設したことにより移住が促進されて、旧市街は一度完全に衰退しているのです。

街に入ると、縦の隙間に挿入された階段と等高線に沿う横の隙間が組み合わされて上へ上へと、あみだくじのようにジグザグに昇る道ができています。
そして、縦と横が噛み合うところに水場があります。
ただし、水道の普及とともに現在は大半が壊れています。

この狭い路地に、三輪自動車の八百屋さんが店開きしていました。
お年寄りが、買い物をしにきたのかおしゃべりをしにきたのか。
これもバリアフリーの一つの解釈です。

ところで、ここまでくるとアドリア海がすぐそこに見えています。
南イタリアの午後はとても暑いので、そろそろ水浴びがしたくなりました。
ランチに選んだのが、アドリア海に面したホテルのレストラン。
ホテルなら車を停めていても安全です。
水着の上にシャツを着てホテルに向かい、食事のあと、さっそく海へ。
下の娘はアドリア海で海初体験を迎えることになりました。

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焼額山山頂の稚児池

20140915.JPG冬になるとスキーヤーで賑わう標高2040mの焼額山山頂が実はこんなに美しい池だってことはあまり知られていないかもしれません。
僕はかつて幼い長女を連れてここに来た時に、晩秋の黄金色の陽射しを受けてキラキラ輝く水面が木立の間から見えた瞬間、ここは楽園だな、と、ここのランドスケープが忘れられない風景のひとつになりました。
その日、山頂には僕たちだけだったので、遠くに後立山を望むこの雲上の楽園を独り占めして堪能したのです。
今日は何人かのオバさまたちが、おしゃべりをしていたので、ちょっと残念だったけど、とても良い時間を過ごしました。

さて連休最終日です。渋滞を避けてゆっくりしてから東京に帰ります。

岩菅山

岩菅山
20140914.JPG標高2,295mのこの山は穏やかな湿原のハイキングルートが多い志賀高原のなかでは気持ち良い稜線歩きが手軽に味わえる山だ。
僕たちは毎年ここに登りにやってきて、山頂の祠にお参りしている。
今日は下の娘が初参加。

山はもう秋の風が吹いています。
麓の森ではブナもダケカンバもヤマザクラも葉っぱが黄色く色づき始めていました。
気温はだいたい10度くらい。
夏の間はブヨとハエにたかられるこの稜線も、この季節はいたって快適です。
少し肌寒い風が快適で、元気に登ってきました。

「ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」

20140913.jpgジャンフランコ・ロージ監督、映画「ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」を観てきた。

2013年の第70回ベネチア国際映画祭で、ドキュメンタリーでは史上初の金獅子賞を受賞した作品だ。
イタリアの首都ローマを囲む環状高速道路、GRA周辺部に住む人々の暮らしをカメラは生々しく、かつ、自然体で捕らえている。
というのも、監督は、被写体となるひとりひとりと、何カ月も行動を共にして、親密な信頼関係を築いたのちに、カメラを回すことで、これらの映像を生々しく捉えることに成功したのだそうだ。
このあたり、ペドロ・コスタ「ヴァンダの部屋」と重なる。

先日観た、「グレートビューティ追憶のローマ」はローマの城壁の外側の貴族の館が点在するなかば公園のような美しい場所。
しかし、こちらはローマという人口260万人を抱える巨大都市のエッジだ。

片側3車線の高速道路が、一日中絶えることのない騒音とともに、本来環境が良いはずの緑豊かな地域を完全に引き裂いている。
また、頭上を低空飛行するジェット機の爆音に会話も途切れる。
ここに集う人々はどことなく無国籍でアウトローな人々だ。

実はこうした場所は、世界中どこにでもあって、現在の都市計画の失敗としか思えないような、無表情で無国籍な都市景観を形成しているのだ。

それでも、ここで暮らす人々はこの場所でしたたかに生きていた。

南イタリア6

マルティーナ・フランカ
Martina Franca

20140911-1.jpgロコロトンドが丸い、と書きましたが、やっぱりこの街も丸いのです。
オストゥニも丸いし。
だから、丸いからロコロトンド、というのは、わかったようなわからないような説明なのではないのでしょうか?

実はこれらの都市に大きな違いはありません。
白くて、密集していて、路地に対して階段がにょきにょきしていて、フライイングバットレスで支え合って、妻面の切妻やボールトを見せてと、考えてみれば同じボキャブラリーです。

でも、僕は相当興奮しています。
つまり、よっぽど僕が単細胞なのかもしれません。
しかし、それでもどこか違いがあるのです。
生活の空気感とか、食堂の賑わいとか、広場に集まる人々の表情とか。

ここ、マルティーナ・フランカは僕としてはとても気に入った街です。
僅かな起伏の中に先の見えない迷路が続いています。
旧市街の大きさも小さすぎず大きすぎず。

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この街は人口5万人と、僕たちが今回訪れた街の規模としては中くらいと言うところでしょうか。
それだけに迷路性は高まり、路地歩きの楽しさはよりいっそう高まります。

ちなみにナポリは100万人ですが、アルベロベッロは1万人、ロコロトンドは1万4千人、これからまわるオストゥニは3万3千人、チステルニーノは1万2千人、レッチェが9万人、オートラントで5千人、ターラントが20万人、マテーラ6万人、プローチダ1万人、となっています。

ところで、この街では毎年夏に「ヴァッレ・ディトリア音楽祭」が開催され、各地からの観光客で賑わいます。
音楽にちなんでこの街を取り囲む通りには、
1813年エミリア=ロマーニャ州パルマ県ブッセート生まれの「ジュゼッペ・ヴェルディ」、
1795年バーリ近郊アルタムーラ生まれの「サヴェリオ・メルカダンテ」、
1792年マルケ州ペーザロ生まれの「ジョアキーノ・ロッシーニ」、
1797年ベルガモ生まれの「ガエターノ・ドニゼッティ」、
1710年マルケ州イェージ生まれの「ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ」、
1801年シチリア島・カターニア生れの「ヴィンチェンツォ・ベッリーニ」
の名が付けられていました。

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南イタリア5

ロコロトンド
Locorotondo

20140910-1.jpg小高い丘の上の等高線に沿って扇型に妻側の立面が並んでいます。
その立面には切妻とボールトが混在しており、また、開口部も四角いのとアーチ型のものが混在しています。
街の路地は全ての場所がプランターで美しく飾られています。
また、ここはライムストーンの上に白漆喰を左官で仕上げていますので細い路地であっても眩しいくらいの明るさです。
このような街では犯罪者が身を隠す場所などなさそうです。
こうして都市の自治を保っているのですね。

丸い場所という意味の街の名前が示す通り、この街の平面は円形です。
この街を一周する外周路が360°イトリア谷を見下ろす城壁の上の見張り台を形成しているから特に丸さが強調されています。
街の内部には丸の中に路地が不規則に切れ込んでいるので、CTスキャンされた脳みその断面みたいに見えます。

アルベロベッロのときに書きましたが、ここでも丸い形には意味があります。
都市を建設する最初の一歩が真ん丸い丘の頂点にあった筈です。
そこから徐々に膨らんで等高線に沿ったエッジを形成したのでしょう。
街中を歩くと路地を挟んで向かい合う建物同士が、フライイングバットレス(アーチ型をした飛び梁)で結ばれています。
このバットレスは中心から外に向かう円の垂線方向に配置されています。
つまり、街全体が一つの構造体となって最も安定した崩れにくい形を形成しているのです。

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20140910-4.JPG20140910-5.JPG20140910-6.JPG

12時を回ると太陽はギラギラと照りつけ、暑さを増してゆきます。
そこで、街の中心広場のカフェでジェラートをいただくことにしました。
いつも思うのですが、小さなコーンに無造作に目一杯盛られます。
山盛りのジェラートは照りつける太陽によってすぐに朝露のように垂れ落ち始めます。
だから、おいしいジェラートを味わおうと思っていても、結局急いで食べないといけなくなります。
長女はそのことをよくわかっていて、カップで注文していました。

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南イタリア4

アルベロベッロ
Alberobello

20140905-1.JPG20140905-2.JPGわあ、キノコだあ!と、ウチの小さな娘に一番受けたのがここの風景。
にょきにょきとライムストーンを小端積みしたイグルーのような家が連なっています。

屋根の突端に取り付いたいくつかの形に分類される家紋のような飾りが、また不思議さをかき立てています。
屋根の勾配がきついために壁厚分の1.5倍位、つまり、1メートルほど軒の位置が通常の建物よりも低くなるため、その外観はこびとの家のようです。
この建築様式はトゥルッロと呼ばれ、この辺りの農家によく見られるかたちですが、集合してこれだけ多く連なっている例はここでしか見られません。
ちなみに、連棟式のものは複数形でトゥルッリと呼び分けられます。

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20140905-6.JPG20140905-7.JPG20140905-8.JPG内部は基本的に円形の壁で囲まれた室がシャボン玉のように連なって一軒の住宅を構成しています。
円形にはいくつかの理由が考えられます。
まず、屋根がイグルーと同じく積み上げやすいこと。
次に、雨水を地下に貯水するために水槽としても水圧分散がはかれて都合が良いこと。
そして、壁であっても屋根であっても細かいパーツで積み上げたときに崩れにくいこと。
また、風化したり割れたりしたパーツ交換も簡単で、古い物を手前に引き出し、新しいものを奥まで差し込んでしまえば楔のように固まること。

この作られ方、子供が砂場で遊ぶ時に自分が中心にいて徐々に周りに拡大して行くようなプリミティブなつくられ方です。
最初に中心を決めて積み始めに半径を決めれば自動的に室のサイズが決定されるところが実にセルフビルドに向いている建築形式だとおもいませんか。

先ほど、このトゥルッロ、近隣の農家の形式と申し上げましたが、Alberobelloでは都市的な集合形態をとっているようにみえますが、ほとんど平屋で裏に農園があるものも多く、これもやはり農村集落の一つと考えられます。

ここ南イタリアでもレストランはオーガニックを目指しているところが多く見られます。
僕たちが毎食お世話になったレストランもキッチンを通り抜けた先のテラス席のテーブルは農園に面しています。
ふと気がつくと下の娘はスタッフのイケメン君と一緒に畑に入り、収穫をしていました。
このあと、キッチンで二人のイケメンスタッフに代わり代わりキスとハグそしてチョコレートの攻撃を受けることになります。

このモテモテぶりは相当楽しかったらしく、「ねえ、おとうさん、畑が欲しい」というのが目下の彼女のはやりです。

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