桑原聡建築研究所

Satoshi Kuwahara Architectural Studio

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インテリアのアーカイブ

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インテリア [ 32 entry ]

Ben Willikens のこと

Antoni Taulé と同様にかつてのヨーロッパ旅行で強く印象付けられた二人のアーティストのもう一人が Ben Willikens(ベン・ウィリキンス)だ。
1985年にフランクフルトのドイツ建築博物館で開催されていた展覧会で観た作品の作者だ。
1939年6月21日、旧東ドイツ、ライプツィヒ生まれ。
1947年に両親とともにソビエト占領を逃れ西側に移住している。
彼の作品はどれも一点透視で描かれた無機質な空間で、それらがギャラリーの壁一面ほどもある大画面に広がっていた。
吊り下げられた裸電球の影や、斜めに立てかけられた棒の陰が、かろうじて空間にわずかな動きを与えているものの、どこまでも冷たく静まりかえった空間は静謐であると同時に、静謐さとも違う何か今という次元を超えた、あの世の次元のようなそんな気配を漂わせている。
建築は使われなくなれば廃墟として生きることになるわけだけれど、この絵の中でそれらは廃墟にならずにそのまま静かに、生きているのか、死んでいるのか、どちらにも属さない、そんな状態にあった。言ってみれば「仮死状態」のような中で、わずかに生きていた。
特に、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」から、人ともの、そして装飾の一切を剥ぎ取ったかのような巨大な作品は圧巻だった。
それというのも、作者がかつて病気のためにほぼ1年間過ごすことになった病院生活での印象が彼にそのような絵を描かせたようだ。

Ben Willikens-1.jpeg

その時の展覧会で手に入れた作品集は今も宝物として「座右の銘」のごとく大切にデスク脇の本棚に収まっているし、時々プレゼンテーションのイメージ資料として使わせていただいてもいる。
Ben Willikens もまた、Antoni Taulé と同様に美術書店や美術館の学芸員に何度か問い合わせたけれども全く手がかりがつかめなかった作家だった。
しかし、僕の観た1985年の個展以降、これまたAntoni Taulé 同様、Ben Willikens もまた、オペラハウスのための舞台デザインを手がけるようになったという。
僕としては是非、日本での展覧会を実現してもらいたい、そんな作家の一人だ。

早速、1985年以降の作品集をアマゾンで見つけたので即ポチッ!といたしました。

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Antoni Taulé のこと

AntoniTaulé と言う画家がいる。1945年8月25日カタロニア生まれ。おそらくこれまで日本で目にすることはなかった名前だろう。僕はこの画家の絵を今から33年前のパリで観て、そこに描かれていた、室内にたちこめる「まどろむような光」の美しさの虜となった。人物も家具も装飾品も何も置かれていない、人の気配が絶えた室内。しかし、寸前までそこにあったであろう気配を感じるのだ。画家の名前を手帳にメモし、そのとき求めた2点の絵葉書を大切に額に入れて事務所の壁にもかけていた。日本に帰り美術書店を回って何か彼に関する書籍がないか問い合わせたけれども全くわからないという。美術館の学芸員や画廊経営者などアート関係者にも知り合うたびに問い合わせてきたが全く手がかりがつかめなかった。以来ヨーロッパに行く際にも必ず気にしていたのだが、やはりわからずじまい。そのうちに徐々に記憶から遠ざかっていった。

昨日、美術手帖の展覧会情報を何の気なしにチェックしていたら、おっ!アントニ・タウレ「INSULA LUX 光の島」展とあるではないか。瞬時に鮮明な記憶が蘇ってきた。
当時と異なり今はネットの時代。どんなにマイナーな情報でも瞬時に検索できる時代だ。
ネットで調べてみると幾つかの情報が出てくる。
もともと建築出身で舞台美術を手がけるアーティストだとのこと。なるほど!と思わされた。
今から楽しみな再会だ。

このコラムで興味を持たれた方は是非足を運んでみてください。
「世界各地の劇場で舞台装飾も手がけてきた比類なき画家の日本初の個展です」と紹介されています。

Antoni Taulé » Psychosynthèse 1 (Psicosintesis 1).jpeg

アントニ・タウレ「INSULA LUX 光の島」

会期:2019年1月16日~2月14日
会場:シャネル・ネクサス・ホール
住所:東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング4階
電話番号:03-3779-4001
開館時間:12:00~19:30
休館日:会期中無休

I'm home No.97 掲載のお知らせ

商店建築社から現在発売中の隔月刊「アイムホーム」2019 January No.97 にて
2011年5月に竣工した東中野の住宅-2(K邸アネックス) と、2011年10月に竣工した東中野の住宅改修(K邸) が紹介されています。

竣工からだいぶ時間が経っていますが、今回の編集テーマは「Sustainable Home Planning ライフスタイルの変化を踏まえたプランニング」。副題は「Long Life Confort 年を経ても暮らせる心地よい住まい」とあります。
テーマの通りクライアントご夫妻とのご縁は23年にわたりますが、その間に法人のプロジェクト、個人のプロジェクト合わせて10現場を超えたおつきあいを継続させていただいています。
その間こちらも同じことをし続けているわけではなく常に勉強です。
少しサボって同じことをしようとするとすぐに見破られ叱咤激励をいただいてしまいます。
クライアントご夫妻からスマートハウスについて研究するよう指示をいただいたのは20年以上前になります。
スマートハウス自体は建築的な要素というよりも技術によって立つものであったことから空間の作り込みに取り入れることはありませんでした。
こうして彼らからは常に一歩先をいくことが求められてきましたが、しかし、今もお互いに同じスピードで高齢化に向けて歩んでいるわけです。
そうした中で一歩先の変わらないテーマを見つけそこに向けて最初は無駄かもしれないけれど普遍的に作りこんでおくことを忘れてはならない要素もあるわけです。
編集部からの取材にあたり、そんな思いを持って臨みました。
住宅の紹介記事は40〜49ページに掲載されています。
また、77〜78ページでは設計のポイントをいくつかお話しさせていただいております。
どうぞ書店にてお手にとってご覧いただければ幸いです。

CONFORT No.165 掲載のお知らせ

20181115_confort.jpeg建築資料研究社から現在発売中の月刊誌「CONFORT」2018年12月号 No.165 にてバスルーム・パウダールームについての取材を受け、幾つかのポイントをお話しさせていただきました。138〜139ページで紹介されています。
バスルームをはじめとした水回り空間は、機能上絶対に必要だけれども滞在時間が極めて限られるためにどちらかというとメインディッッシュにはなりにくい場所です。
苦心したスタディーの段階で「これはパーフェクト!解けた!」と思った途端に「トイレを忘れた〜」と凍りつく瞬間が今でも稀にあります。
思い切って生活空間から消去するか、ドーンとメインに据えてとことん使いたいと思ってしまうのが水回り空間なのではないでしょうか。
僕自身は近くに公共施設の綺麗なトイレがあって24時間使えればそれで良いし、お風呂だって近くにスポーツクラブか銭湯や温泉があればもう純粋にとことんくつろぐ空間だけが自分の家としてそこにあればそれで良いと思ってしまいます。
取材では押さえながらお話しさせていただきましたが、同じ限られたミニマムな面積、空間でもグレード感や開放感での差別化を作り出した例を取り上げていただいています。
どうぞ書店にてお手にとってご覧いただければ幸いです。

陰翳礼讃

東京の自宅を引っ越しして約2ヶ月経った。その間に八幡平の家も引っ越ししたので慌ただしく、東京の家を引っ越してもうそんなに経ったのかと思うくらいあっという間だった。
未だダンボールの山が残されていることは変わりない。
断捨離を実行するにはチマチマとやっていたのでは一向に埒があかない。僕にはまとまった時間が必要なようだ。
とはいえ未開封のダンボールの所有者はそのほとんどが浪人中の娘にあるわけだから急かすわけにもいかないというのが実態だ。

20180914.jpeg

引っ越してみて驚いたことがある。
これまでの暮らしでここ数十年間支払い続けてきた電気代がおおよそ3分の1になったことだ。
これは驚きである。
前の住宅は鉄筋コンクリート造の二階建て住宅で築年数約30年。断熱はとても怪しい。何よりも南向きの大開口があることと陸屋根(天井)の輻射が激しく、夏と冬はエアコンがフル稼働となる。しかも動力を使用していたので請求は電灯動力合わせて2本となる。
広さは今よりも25%増しなのに加えて巨大な吹き抜けがあるので負荷は大きいのは当たり前なのだが3倍の開きとなるとなかなかの金額だ。
今のマンションも築年数は同じようなもので断熱は極めて怪しいが、3階建ての1階であり、鬱蒼とした木々に囲われているために直達日射がないということで負荷の変動が少ないことが大きな要因だろう。引っ越して以来エアコンは24時間かけっぱなしなのだが結果は良好だ。
ついでにその前住んでいた港区のタワーマンションの時の履歴もチェックしてみた。
ここは中間階とはいえ角住戸のため外部環境の変動を受けやすい住宅だった。
面積が今よりも25%小さいにもかかわらず電気代はやはり今の3倍だった。家族数がこのころは4人だったこともあるかもしれないけれど、それにしてもその差は大きい。

夏の猛暑が年々酷くなっているのを横目に、陰翳礼讃の時代に突入したなという気がする。南向きよりも北向き。遮るもの一つない眺望よりも落葉の木々に囲まれた環境。ツライチの外観よりも大きな庇に彫りの深い陰影のある外観。建築のセオリー、価値観が大きく変わりだしている。

今年も一年、楽しい仕事が出来ますように

僕の職業は建築家なのだけど、家具も作るし、あるときはインテリアコーディネーター、そしてまたあるときはデコレーター、はたまたたまにキュレーターにもなる。いまのところ住宅に限りの話だけど。
つまり、ひとさまのライフスタイルを丸ごと作る職業なのだと捉えている。

そのため、日頃からライフスタイル関連商品のリサーチを欠かさない。国内、海外問わず、レストランやショップでふと気になるものを見つけると裏返して刻印をチェック、初めて見るものであればすぐにググってブックマーク。日本での取り扱いを調べておく。すると案外知人の取り扱いだったことを知ることもある。
そして本当に気に入ったものは先ず自分で購入して使ってみる。
そうすると本当に永く使えるものなのか、ただ奇麗なだけのデザインなのかがよくわかる。しかし、ものは使いやすければ良いというものでもない。使いやすくするために取ってつけたようなデザインは一番嫌いだ。永く使えるということはデザインも使い勝手もすべて心地よいものなのだ。ただのディスプレイならそこまでしなくても良い訳だけど、僕はどうもそうした思い切りがない。使うものでも飾るものでも購入する以上はその存在理由が欲しいのだ。
だから、ただのディスプレイだとわかっていても、例えば本を購入するときなど見かけのボリューム感、表紙の格好よさ、そしてその中身の有益さをはかりに掛けて悩みに悩む。もちろんコストパフォーマンスも重要だ。たとえクライアントが中身を見ることがないとわかっていても。しかし、そうしていちいち悩んでいるのは無益なようにも見えるかもしれないし、スタッフからするといいかげんにしてくれ!といいたくなるところだと思うが、実はこれこそが僕にとってものすごく重要なリサーチなのだ。できれば一年365日悩んでいたいくらい幸せなリサーチの時間なのだ。

先日お客様のお宅に伺った際にトイレと洗面に設置したペーパータオルホルダーの具合が悪いと相談があった。ゴミがたくさん出るペーパータオル、実は自分では使わず、僕はハンドタオル派である。よって、こればかりは自分が日頃使っているものをお勧めすることが出来ない。それこそデザインはとても奇麗なのだが、よくよく見てみれば原理的に無理のあるデザインで、ペーパータオルホルダーの必要性能が満たされていないデザインのものだった。
卸元とも相談した結果、彼らとしてもこのように分析的なクレームであればと、対応して頂けることになった。この際だから僕もしばらくの間ペーパータオル派になってテストしてみることにしよう。

僕の職業は建築家である。しかし、実際にはそんなことを楽しんでいる。
あ、全然関係ないけれど、今日は七夕だ。
今日は早く帰って子供たちと一緒に願い事をしよう。
今年も一年、楽しい仕事が出来ますように。

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Goodbye Picasso

20141016.jpgアメリカ、ライフ誌の契約カメラマンだった「デビッド・ダグラス・ダンカン」が撮った「Goodbye Picasso」という写真集がある。
ダンカンはアフガニスタンでの取材活動が特に有名だ。
また、日本のレンズ(カメラ)メーカーである、ニコンとの関わりも深い。
もっというと、1956年、ガルウィングの新型ロードスター、メルセデス300SLをその撮影と引き換えに所有し、取材にはその車で乗り付けるという、まるで007、ジェームズ・ボンドのような格好良さである。
実際、彼には当時のニクソン大統領に対して米国へのピカソ招聘をアレンジするなどかなり政治的な顔もある。
僕はピカソが晩年移り住んだ南仏での暮らしを知りたくてこの写真集を手に取った。

ピカソは、パリを離れたのち、カンヌ近郊の「ラ・カリフォルニー」Villa La Californieに1957年から1959年まで暮らし、その後、エクス・アン・プロヴァンスの郊外にある「シャトー・ド・ヴォーヴナルグ」に1959年から暮らした。

この写真集では、ピカソの住まいに自由に入ることを許されていたダンカンが、ピカソとそのファミリーの素顔を思いのままに撮っている。
茶目っ気たっぷりの実に微笑ましい画家の暮らしぶり(インテリア)
が伝わってくる一冊なのだ。

せっせと飲んだ36リットル

20120125.jpgここにならべてあるのはディスプレイ用に用意した750mlボトル48本。
中身はすべて我が家のテーブルウォーターとして消費した。
だからディスプレイとしての原価はタダ。
ガラス瓶としてリサイクルされる前にもう一度役目を負ってもらうのだ。
他にシャンプーのボトルやパヒュームボトルもある。
これらも外資系高級ホテルなどで使われているのと同じブランドのもの。
せっかくなので自分の好みのものを購入して中身は消費する。
そんな風に自分の生活をちょっと美化してそのままディスプレイに使ってしまう。
これが僕流。
嘘っぽいディスプレイにならないように自分なりに楽しみながら工夫している。

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