桑原聡建築研究所

Satoshi Kuwahara Architectural Studio

  • 文字サイズ
  • 小
  • 中
  • 大

home

Column

高齢者住宅のアーカイブ

Column

高齢者住宅 [ 3 entry ]

Airbnbその後

8月29日のブログでお伝えしたオークフィールド八幡平へのAirbnbによる宿泊体験がこの10月で28組44泊のお客様をお迎えするまでになりました。毎回実に素敵なゲストにいらしていただき、とても豊かな交流が行われています。日本はもちろんのこと、インドネシア、韓国、中国、スイスと国籍も幅広く、みなさん実に日本が好きで、また、中にはこの地域への移住をご検討されている方もいらっしゃいます。本来、私が運用するにあたって借りている費用よりもAirbnbの売り上げが上回らなければいけないのですが、現実はなかなかそうもいきません。が、それでもこうした交流が生まれていくことはオークフィールドにとっても地域にとっても大きなプラスの財産です。いうまでもなくホストである私自身の「生きがい」にもつながっていきます。また、「居住者の生きがい」にもつながることは何よりも捨てがたい魅力です。是非みなさんもいらしてください。きっと、忘れがたい思い出と暖かいつながりを見つけていただけると思います。お待ちしております。

20171010.jpeg

Airbnb(私のお部屋)
https://www.airbnb.jp/wishlists/224104253/join?invite_code=CBBBILPA&inviter_id=103298140

Airbnb で「オークフィールド八幡平」に滞在する

この7月からサービス付き高齢者住宅、オークフィールド八幡平のうち私が管理するお部屋で「Airbnb」をはじめとする民泊運用を始めました。
この夏には10組21泊分のお客さんをお迎えしています。

先日は、airbnbで私の部屋に宿泊いただいた二組目のお客さんで笑顔の素敵なお二人がピアノとボーカルを入居者の皆さんの前で披露してくださり、実に素敵な交流の時間を過ごさせていただきました。
多世代交流の実践中です。

20170828.jpg

こうした交流の仕掛けに加えてもう一つ、わたしの娘がオークフィールドに暮らし始めたこともあって、近頃入居者の方々の表情が更に明るくなったとここで働く誰もが感じています。
入居者の中には要介護と診断されている方もいらっしゃいます。しかしながらここに入居して暮らし始めてからそうした介護度の進行が横ばいになったとの主治医からの報告もいただくようになりました。
子供達が訪ねてきてふれあえる仕掛けを取られているところは他にも多くあるように思いますが、子供や旅人が一緒に一つ屋根の下で共棲している事例は滅多にないのではないかと思います。
私は子供が傍にいるだけの慰安訪問ではなくって、常にそこに同居している子供に「何かをしてあげたい」、とか、「何かを教えてあげたい」、とかの欲求がそこにあるかないかはとても重要なのではないかと考えています。
他人同士であっても家族のように自然に共棲していることが最も効果的なのではないかと思うのです。
そのあたりもデータで取れると良いなあと期待しています。

また地域で育った子供たちができるだけ早く地域に戻れる仕組みを作らないと地域は消滅します。

子供が核となった地域移住というのがこれからのニーズとして大いにありそうな気がします。
そのためには子供の育成が重要でその結果として高齢者の生きがいが付いてくるようなデザインが重要だと感じています。
そうするとそこに雇用が生まれる仕組みです。
子供を産んでも地域が見守ってくれるのであれれば、すぐに共働きで仕事に復帰できるわけですから、バンバン産んで育ててもらう仕組みが作れるわけです。

そんな実験を楽しく実践しておりますので、ぜひ皆さんも遊びに来てください。「百聞は一見に如かず」ですよ。

オークフィールド八幡平Airbnb、予約はこちらから

また、大学関係者の方へ、こうした研究テーマを持たれている方々でご興味を持たれた方々もぜひ足をお運びください。お待ちしています。

あえてバリア

高齢者のための居住環境を考える時に、必ずバリアフリーの概念が下敷きとして理解されるが、医療、福祉、介護の現場ならともかく、こと住宅となるともう少し別の解釈もあるだろう、というのが私の思いだ。あえて安全で積極的なバリアを設ける手法である。

そもそもバリアフリーってなんだろう?
生活の支障となる物理的な障害や、精神的な障壁を取り除くための施策とある。しかし、国交省のパンフレットによると、高齢者・障害者等の移動の円滑化のため、とあり、現実には建物の段差を取り除くことなどのみを示すにとどまるケースが多く見られる。

20160705.jpg18年前に古稀を迎えた私の両親の家を設計した時、ホームエレベーターの設置を望んだ両親を説き伏せて、蹴上15センチ、踏面30センチの緩勾配の階段を6段ごとに踊り場を設けて、螺旋状に4回、階高3.6メートルを24段、自力で登らせる動線を設けることで日常の歩行動作を促す計画とした。
http://www.s-kuwahara.com/works/1998/07/works-89.html
今月88となる父も84の母も、寝室、風呂、洗濯機のある1階とリビング、ダイニング、テレビのある2階の間を1日に何度も往復する。いや、「させられて」いる。
「しなければいけない」からだ。
いざとなればエレベーターを取り付けられるように、階段の中心に四角いヴォイドを設けているのだが、未だその必要はなく、クローゼットとして機能し続けそうだ。

その後、高齢のクライアントや、終の住処として建て替えを希望されているクライアントのために、こうした考え方は常に用いるようになった。
さらに、昨年末に完成したオークフィールド八幡平は、個人住宅ではなく、高齢者福祉施設に位置付けられるサービス付き高齢者住宅なのだが、ここでも同じ考え方を実現させた。
http://www.s-kuwahara.com/works/2015/11/works-828.html
この建物には小さなホームエレベーターが一基設置されてはいるが、大きな荷物を運ぶとき以外利用する人はいない。最高齢の方で90となる入居者の方々だが、皆さんスロープと階段を自力で歩いて別棟のレストランへ行ったり、そこから外出したりしている。

かつて観に行ったことがある、荒川修作とマドリン・ギンズによる「養老天命反転地
http://www.yoro-park.com/facility-map/hantenchi/
これは我々の平衡感覚器そのものに芸術家の意図的な外力がダイレクトに与えられることで、それまで当たり前と思っていた状況が全てあっさりと覆されて、混乱(人によっては吐き気や転倒、怪我なども含む)と格闘しながら作品の中を彷徨うという、それまで誰も考えたことのなかった壮大な作品だ。人の意識というのは実に創造性の賜物である。ほんの僅かな外力によるその変化と反応は、人によっておおきな違いを生むのである。

そこまで芸術的、あるいはアスリート的に追求しなくても、日常生活の中でより自発的に体を動かし、体に備わるセンサーの働きを促す仕掛けは重要である。
というのも、バランスを保つためのセンサーの役割を果たしている、内耳の平衡感覚器、つまり三半規管と耳石器は加齢とともに衰えて行く。この平衡感覚器の衰えは、めまいの原因となり、やがて転倒事故を招く。特に高齢者の転倒事故は致命的なダメージを与えることになりかねないのだ。
転びにくい体を作るために、常日頃からウォーキングやストレッチなどの運動で筋力や柔軟性を高めるのに加えて、バランスを取る力を鍛えるトレーニングを組み込むことが重要なのだ。

しかしながら、食料を得るために山に入り、洗濯をするために川まで歩き、炊事のために薪を拾いに行くことが当たり前の人々からすると、体力維持のためにわざわざ機械を使って運動をする現代の人々の姿は異様な光景だろう。

だから私は住まいの設計をする時、少しだけ意地悪をして空間に仕込んだ「あえてバリア」、ちょっと使いにくいことや回り道を設けることで、我々の知恵と工夫と感覚を呼び覚まし、本来持っていた健全な感覚を衰えさせることなく持続可能なものとすることを重要なことがらと考えているのだ。

Page Top