桑原聡建築研究所

Satoshi Kuwahara Architectural Studio

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デザイン [ 48 entry ]

南イタリア9

レッチェ
Lecce

20140924-1.JPG20140924-2.JPG20140924-3.JPG南イタリアの地盤は全てトゥフォと呼ばれる凝灰岩ライムストーンに覆われています。
掘れば出てくるこの材料でイタリアの建築のほとんど全てが出来ています。
建築ばかりでなく道路の敷石もこの材料でできています。
掘り出したばかりの湿度を帯びたこの石はポーラスで柔らかく、加工し易いですが、湿気が抜けると硬化する性質があるようです。
そのため、高価で精度の高い装飾は大理石を用いますが、建築のフレームや外部の装飾は全てこの石によって出来ています。

ここレッチェはバロック建築の宝庫と言われる街です。
もう、それはそれはすばらしく、優美な街並があります。
また、大きな街なのでショッピングも食事も広場での過ごし方もどれも楽しいです。

また、歴史の上に歴史が上塗りされているため、建築の基礎から下はどこを掘っても遺跡が出てくるような都市です。
ここレッチェで訪れたある住宅では地下に穴を掘削しただけの中世以前の水亀が雨水の暗渠と共にそのまま残っていて、上階から釣瓶で水汲み出来るようになっていました。
それらの水は大都市部ではすでに枯れているようですが、小都市の方ではまだ生きているようです。
やはりここでも痛感するのが、水の確保と道の作られ方の法則性が集住計画の鍵ということなのです。

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ところで、この街への到着が大幅に遅れた僕たちでしたが、旧市街のど真ん中にあるパラッツォを改修した宿を迷いながらもなんとか見つけて辿り着いたときは待ち合わせ時間の2時間後。
管理人は慌てふためいていて、君たちは日本人だから時間に正確だと思って、迎えにいくほかのお客を待たせて待っていた〜んだよ〜!
な〜んでこんなに遅れてきた〜んだよ〜!と、怒っているのか、困っているのか、苦笑いしているのか分からない顔で、彼。
ごめ〜んごめ〜ん。と、笑顔で僕。
もう、「イタリア時間」は過去の話。
今は南でもかなりきっちりしていました。

床革カウンター

先日お伝えした床革を使って仕上げ中の店舗什器ですが、無事納品しました。
店舗のオープニングは来月ですのでまだ時間がありますが、店舗スタッフのトレーニングの為に、この後すぐに商品が搬入されてきます。
また、森のなかでキラキラ光る水をイメージして製作した特注の照明器具も持ち込まれます。
この床革のパネルの裏にはスタッフの隠れ家があってパソコン、レジ、複合機等の機器がおさめられます。
そしてパネルに切り込まれたスリットから入口の様子がほんのりうかがえるようになっています。
このスリットは大きさの限られる革の継ぎ目としても割り付けられているのです。

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南イタリア8

チステルニーノ
Cisternino

20140918-1.jpegこの丘陵都市は、極めて小さなスケールの旧市街が特徴的です。
城門からして小さくかわいらしいのです。
これらはまるで住宅の玄関のようなサイズです。
なんと、公共空間でありながらそこには暖炉まであります。
元は住宅のサロンだった場所が、その後の必要性により城門化されたのかもしれません。
それらは、住宅の一部分と都市が噛み合う大変興味深い場所です。
また、あちらこちらで見かけるのが、踊り場なのかテラスなのかよくわからないような小さな外部空間です。
そうしたちいさな外部空間が、路地に挿入され、重層しています。
そして、こんな小さなスペースであっても、鉢植えを置いてチェアや小さなテーブルを置いて楽しむことを忘れてはいません。

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ここは『街並みの美学』(岩波書店)で都市景観を論じた、建築家 芦原義信が絶賛し、家族を連れて度々通った都市だったといいます。

さて、僕たちは次の滞在都市、レッチェに向かう途中にここに立ち寄っていたことをすっかり忘れてしまいました。
時計を見ると、なんと宿の管理人と待ち合わせをした時間をとっくに過ぎているではありませんか。
まあ、しかし、「イタリア時間」という言葉が昔からあるように、大丈夫。
人生の、いやこの歴史の中の数時間、たいしたことではありません。
僕たちはこの街でとても良い時間を過ごせたのですから。

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床革(とこがわ)再び

以前、革のなめし屋さんで、銀付きの革を剥いだ残りの床革が山盛りにされているのを見て、それ以来、これらが産業廃棄物となるよりは何かの役に立たないか、と、考えてきました。

だから、今回、仲間が新しく立ち上げる家具ブランドのショールームの什器の製作依頼を受けた際にも、この素材を活かすことによって、これ迄パルプ工場の片隅に寝かされていた広葉樹を材料に活用した、このブランドの立ち位置も表現してみてはどうかと考えました。

この素材、靴底など、隠れてしまうところではよく使われています。
また、最近では表面をコーティングして高級革製品の代替えとして安価に流通し始めてもいます。
しかしながら、いずれもネガティブな使用方法に限られています。

今回、曲げ合板にこの床革を張り込み、ショールーム入口正面に 荒々しい床革で、曲面壁のうねりを作り出すことにしました。
床革の表面は、より自然感が出るように、マットでしっとりした風合いを出すために蜜蝋で仕上げてみます。

南イタリア7

オストゥニ
Ostuni

20140916-1.JPG20140916-2.JPG20140916-3.JPG今更ながら南イタリアには、高密集住の全ての要素があると思いました。
特にここ、オストゥニは素晴らしかったです。
我々は道があって動線を考えて行きますが、ここではまずボリュームがあって、その隙間が道であり動線であるという基本が違います。
集住の基本は、隙間をどれだけ豊かにするかということなのです。
で、その隙間は、直交座標系の幾何学から外れていくからこそ境界が曖昧になり、そこに暮らしがはみ出すことによって豊かさが生じます。
その隙間に個別性が生じるからです。
この豊かさを見ると、僕は今すぐ幾何学を放棄したくなります。

この街は、山頂の大聖堂を中心に、小さな隙間を作りながら環状に拡張してゆきます。
これは山岳都市の基本構成です。
そこでは、裾野の位置の調整で、繁栄の時代と衰退の時代とが交互に現れても対応できていました。
オストゥニでは多くのイタリアの都市と同様に、18から19世紀に隣接して新市街を建設したことにより移住が促進されて、旧市街は一度完全に衰退しているのです。

街に入ると、縦の隙間に挿入された階段と等高線に沿う横の隙間が組み合わされて上へ上へと、あみだくじのようにジグザグに昇る道ができています。
そして、縦と横が噛み合うところに水場があります。
ただし、水道の普及とともに現在は大半が壊れています。

この狭い路地に、三輪自動車の八百屋さんが店開きしていました。
お年寄りが、買い物をしにきたのかおしゃべりをしにきたのか。
これもバリアフリーの一つの解釈です。

ところで、ここまでくるとアドリア海がすぐそこに見えています。
南イタリアの午後はとても暑いので、そろそろ水浴びがしたくなりました。
ランチに選んだのが、アドリア海に面したホテルのレストラン。
ホテルなら車を停めていても安全です。
水着の上にシャツを着てホテルに向かい、食事のあと、さっそく海へ。
下の娘はアドリア海で海初体験を迎えることになりました。

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ローバル「マットカバー」

20140911-3.JPG僕は、ヤマキ工業さんと一緒に「AKS 赤坂のゲストハウス」の仕事をさせていただいたときから、リン酸処理鉄板の味わい深い表情に魅せられていて、その後、建築の金物だけではなく、家具に使ったりもしてきました。
この仕上げの特徴は、放っておけば錆びてしまう鉄板に、溶融亜鉛メッキと、リン酸亜鉛によるダブルの皮膜をつけることによって高耐食性が得られることです。
また、光沢のある銀色の、出来たてはギラギラしてしまう、溶融亜鉛メッキ仕上げとは異なり、艶のない濃灰色の落ち着いた色合いを得ることが出来ます。
もうひとつ、塗膜の表面にスパングルと呼ばれる光を反射して鈍く輝く結晶模様を持つことによって、独特で、一つとして同じ表情がない、唯一無二の表情がえられることです。
耐用年数は、たとえば、海岸地帯であっても30~40年程度の耐久性を確保できるといいます。
また、処理時間を調整することで色の濃度の変化をコントロールしてイメージする色に仕上げることができるのも魅力の一つです。

ただ、とてもデリケートで高価な仕上げのため、特に小ロットの場合、なかなか簡単に使うことはできません。
また、色合いのコントロールとなると工場で作業に立ち会い、オペレーターにつきっきりで指示を出さないといけません。
また、後工程で溶接をしたくなったり、細かい細工をしたくなると、補修ができないというディメリットがありました。

以前から溶融亜鉛メッキの補修ペイントで知られている、ローバル株式会社の担当者さんにこの表情に近いものが作れないものかご相談してきました。
こうしたマニアックな相談はやはり他でもあるようで、新色ができたのです。
1年ちょっと前にご案内いただいたこの新製品。

ローバル株式会社製、低光沢めっき補修用スプレー「マットカバー」です。
以下、パンフレットから抜粋します。
420mlスプレー缶で0.4m2を2回塗りできます。
お値段はひと缶2,150円なり。
明度N3~N4の低光沢処理(りん酸亜鉛処理)された溶融亜鉛めっきの補修に最適なスプレーです。
また、鉄面や亜鉛めっき面に塗装することでめっきの光沢を抑え、黒っぽいマットな意匠性に仕上げることができるジンクリッチペイントです。

さて、今、製作中の家具は店舗用の什器です。
このスプレーを使って渋い色あいの什器に仕上げています。
時間とともに表情が変化することもこの塗料の楽しみの一つなのです。

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南イタリア6

マルティーナ・フランカ
Martina Franca

20140911-1.jpgロコロトンドが丸い、と書きましたが、やっぱりこの街も丸いのです。
オストゥニも丸いし。
だから、丸いからロコロトンド、というのは、わかったようなわからないような説明なのではないのでしょうか?

実はこれらの都市に大きな違いはありません。
白くて、密集していて、路地に対して階段がにょきにょきしていて、フライイングバットレスで支え合って、妻面の切妻やボールトを見せてと、考えてみれば同じボキャブラリーです。

でも、僕は相当興奮しています。
つまり、よっぽど僕が単細胞なのかもしれません。
しかし、それでもどこか違いがあるのです。
生活の空気感とか、食堂の賑わいとか、広場に集まる人々の表情とか。

ここ、マルティーナ・フランカは僕としてはとても気に入った街です。
僅かな起伏の中に先の見えない迷路が続いています。
旧市街の大きさも小さすぎず大きすぎず。

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この街は人口5万人と、僕たちが今回訪れた街の規模としては中くらいと言うところでしょうか。
それだけに迷路性は高まり、路地歩きの楽しさはよりいっそう高まります。

ちなみにナポリは100万人ですが、アルベロベッロは1万人、ロコロトンドは1万4千人、これからまわるオストゥニは3万3千人、チステルニーノは1万2千人、レッチェが9万人、オートラントで5千人、ターラントが20万人、マテーラ6万人、プローチダ1万人、となっています。

ところで、この街では毎年夏に「ヴァッレ・ディトリア音楽祭」が開催され、各地からの観光客で賑わいます。
音楽にちなんでこの街を取り囲む通りには、
1813年エミリア=ロマーニャ州パルマ県ブッセート生まれの「ジュゼッペ・ヴェルディ」、
1795年バーリ近郊アルタムーラ生まれの「サヴェリオ・メルカダンテ」、
1792年マルケ州ペーザロ生まれの「ジョアキーノ・ロッシーニ」、
1797年ベルガモ生まれの「ガエターノ・ドニゼッティ」、
1710年マルケ州イェージ生まれの「ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ」、
1801年シチリア島・カターニア生れの「ヴィンチェンツォ・ベッリーニ」
の名が付けられていました。

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南イタリア5

ロコロトンド
Locorotondo

20140910-1.jpg小高い丘の上の等高線に沿って扇型に妻側の立面が並んでいます。
その立面には切妻とボールトが混在しており、また、開口部も四角いのとアーチ型のものが混在しています。
街の路地は全ての場所がプランターで美しく飾られています。
また、ここはライムストーンの上に白漆喰を左官で仕上げていますので細い路地であっても眩しいくらいの明るさです。
このような街では犯罪者が身を隠す場所などなさそうです。
こうして都市の自治を保っているのですね。

丸い場所という意味の街の名前が示す通り、この街の平面は円形です。
この街を一周する外周路が360°イトリア谷を見下ろす城壁の上の見張り台を形成しているから特に丸さが強調されています。
街の内部には丸の中に路地が不規則に切れ込んでいるので、CTスキャンされた脳みその断面みたいに見えます。

アルベロベッロのときに書きましたが、ここでも丸い形には意味があります。
都市を建設する最初の一歩が真ん丸い丘の頂点にあった筈です。
そこから徐々に膨らんで等高線に沿ったエッジを形成したのでしょう。
街中を歩くと路地を挟んで向かい合う建物同士が、フライイングバットレス(アーチ型をした飛び梁)で結ばれています。
このバットレスは中心から外に向かう円の垂線方向に配置されています。
つまり、街全体が一つの構造体となって最も安定した崩れにくい形を形成しているのです。

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12時を回ると太陽はギラギラと照りつけ、暑さを増してゆきます。
そこで、街の中心広場のカフェでジェラートをいただくことにしました。
いつも思うのですが、小さなコーンに無造作に目一杯盛られます。
山盛りのジェラートは照りつける太陽によってすぐに朝露のように垂れ落ち始めます。
だから、おいしいジェラートを味わおうと思っていても、結局急いで食べないといけなくなります。
長女はそのことをよくわかっていて、カップで注文していました。

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